Commanders

武将一覧

合戦絵巻に登場する武将たちの横顔と、それぞれの戦場での足跡をまとめました。気になる武将のページから、その合戦へ飛ぶこともできます。

登録武将

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時代
並び順
明智軍

明智光秀

あけち みつひで

「惟任日向守」

本能寺に主君信長を討った智将。だが味方は集まらず、山崎に敗れて「三日天下」に終わった。

生没年
1528–1582
氏族
明智
出演
2合戦
武将詳細
浅井軍

浅井長政

あざい ながまさ

「北近江の旗頭」

信長の妹お市を娶り同盟したが朝倉を救って離反。姉川に敗れ、小谷城で自刃した。

生没年
1545–1573
氏族
浅井
出演
1合戦
武将詳細
西軍

石田三成

いしだ みつなり

「治部少輔」

西軍の中心人物。豊臣政権を守る立場から家康に対抗した。

生没年
1560–1600
氏族
石田
出演
1合戦
武将詳細
今川軍

今川義元

いまがわ よしもと

「海道一の弓取り」

駿河・遠江・三河を領した「海道一の弓取り」。上洛の途上、桶狭間で信長の奇襲に斃れた。

生没年
1519–1560
氏族
今川
出演
1合戦
武将詳細
上杉軍

上杉謙信

うえすぎ けんしん

「越後の龍 / 軍神」

越後の龍。「軍神」と恐れられた戦の天才で、川中島で武田信玄と五度にわたり激突した。

生没年
1530–1578
氏族
上杉(長尾)
出演
2合戦
武将詳細
袁紹軍

袁紹

えんしょう

「四世三公」

名門「四世三公」の家に生まれた河北の雄。官渡で曹操に烏巣を焼かれ、大敗した。

生没年
154–202
氏族
袁(河北)
出演
1合戦
武将詳細
織田・徳川軍

織田信長

おだ のぶなが

「第六天魔王」

天下布武を掲げた戦国の革新者。桶狭間の奇襲で今川義元を討ち、長篠では馬防柵と大量の鉄砲で武田騎馬軍団を破った。

生没年
1534–1582
氏族
織田
出演
4合戦
武将詳細
西軍から東軍へ

小早川秀秋

こばやかわ ひであき

「金吾中納言」

松尾山に布陣し、戦局の転換点となる寝返りで知られる。

生没年
1582–1602
氏族
小早川
出演
1合戦
武将詳細
織田・徳川軍

酒井忠次

さかい ただつぐ

「徳川四天王筆頭」

徳川四天王の筆頭。三方ヶ原の敗走では「酒井の太鼓」で城を守り、長篠では鳶ヶ巣山奇襲で勝敗を決した。

生没年
1527–1596
氏族
酒井
出演
2合戦
武将詳細
豊臣軍

真田信繁(幸村)

さなだ のぶしげ(ゆきむら)

「日本一の兵」

大坂夏の陣で家康本陣に三度突撃し、「日本一の兵」と敵将にまで言わしめた戦国最後の英雄。

生没年
1567–1615
氏族
真田
出演
1合戦
武将詳細
魏軍

司馬懿

しばい

「冢虎」

諸葛亮の北伐を持久戦で退けた魏の重臣。のち実権を握り、晋建国の礎を築いた。

生没年
179–251
氏族
司馬(魏)
出演
1合戦
武将詳細
柴田軍

柴田勝家

しばた かついえ

「鬼柴田」

「鬼柴田」と呼ばれた織田家筆頭家老。賤ヶ岳に敗れ、北ノ庄城でお市の方とともに自害した。

生没年
1522–1583
氏族
柴田
出演
2合戦
武将詳細
島津軍

島津義久

しまづ よしひさ

「島津十六代当主」

島津四兄弟の長兄。耳川で大友の大軍を釣り野伏せに沈め、九州統一へと島津家を導いた。

生没年
1533–1611
氏族
島津
出演
2合戦
武将詳細
西軍

島津義弘

しまづ よしひろ

「鬼島津」

耳川では釣り野伏せの「釣り」役を演じ、関ヶ原では敗走の中で敵中突破「島津の退き口」を敢行した猛将。

生没年
1535–1619
氏族
島津
出演
2合戦
武将詳細
孫劉連合軍

周瑜

しゅうゆ

「美周郎」

呉の大都督「美周郎」。赤壁で火計を指揮し、五万の兵で曹操二十万を打ち破った。

生没年
175–210
氏族
周(呉)
出演
1合戦
武将詳細
孫劉連合軍

諸葛亮

しょかつりょう

「臥龍」

臥龍と呼ばれた蜀の丞相。赤壁では孫呉との同盟を成立させ、演義では東南の風を祈った。

生没年
181–234
氏族
諸葛(蜀)
出演
2合戦
武将詳細
曹操軍

曹操

そうそう

「乱世の奸雄」

「乱世の奸雄」と評された後漢末の覇者。中原を統一するも、赤壁の敗北で天下統一の夢を絶たれた。

生没年
155–220
氏族
曹(魏)
出演
2合戦
武将詳細
平家

平知盛

たいらの とももり

「新中納言」

清盛の四男にして平家最後の支柱。壇ノ浦で一門の最期を見届け、碇を担いで海に沈んだ。

生没年
1152–1185
氏族
平(伊勢平氏)
出演
2合戦
武将詳細
武田軍

武田勝頼

たけだ かつより

「武田四郎」

信玄の後継者。三方ヶ原では父の下で初陣級の若武者として戦い、長篠で宿将の多くを失った。

生没年
1546–1582
氏族
武田
出演
2合戦
武将詳細
武田軍

武田信玄

たけだ しんげん

「甲斐の虎」

甲斐の虎。風林火山の旗の下、川中島で謙信と覇を競い、三方ヶ原で家康に生涯最大の敗北を与えた。

生没年
1521–1573
氏族
武田
出演
2合戦
武将詳細
東軍

徳川家康

とくがわ いえやす

「東照大権現」

桶狭間では今川方の先鋒・松平元康として参陣。三方ヶ原で信玄に大敗、長篠で武田を破り、関ヶ原を制して江戸幕府を開く。大坂夏の陣で戦国の世を終わらせた。

生没年
1543–1616
氏族
徳川
出演
7合戦
武将詳細
羽柴軍

豊臣秀吉

とよとみ ひでよし

「太閤」

足軽から天下人へ。中国大返しで山崎に光秀を破り、美濃大返しで賤ヶ岳に勝家を下して、信長の後継者の座を勝ち取った。

生没年
1537–1598
氏族
豊臣(羽柴)
出演
4合戦
武将詳細
武田軍

馬場信春

ばば のぶはる

「不死身の鬼美濃」

武田四天王の筆頭格。川中島・三方ヶ原を歴戦し、長篠では殿軍として勝頼を逃がし討死した。

生没年
1515–1575
氏族
馬場
出演
3合戦
武将詳細
東軍

福島正則

ふくしま まさのり

「賤ヶ岳の七本槍」

東軍先鋒格として宇喜多勢などと激しく戦った豊臣恩顧の大名。

生没年
1561–1624
氏族
福島
出演
1合戦
武将詳細
徳川軍

本多忠勝

ほんだ ただかつ

「蜻蛉切の鬼」

生涯五十七戦無傷と伝わる徳川四天王の猛将。三方ヶ原でも関ヶ原でも、蜻蛉切の槍は最前線にあった。

生没年
1548–1610
氏族
本多
出演
4合戦
武将詳細
柴田軍

前田利家

まえだ としいえ

「槍の又左」

槍の又左と謳われた加賀百万石の祖。賤ヶ岳では旧友秀吉と主筋勝家の狭間で戦線を離脱した。

生没年
1538–1599
氏族
前田
出演
2合戦
武将詳細
源氏

源義経

みなもとの よしつね

「九郎判官」

一ノ谷・屋島・壇ノ浦と源平合戦を駆け抜けた不世出の戦の天才。勝利の後、兄頼朝に追われ奥州に散った。

生没年
1159–1189
氏族
源(河内源氏)
出演
3合戦
武将詳細
毛利軍

毛利元就

もうり もとなり

「三本の矢」

安芸の小領主から一代で中国地方を制した稀代の謀将。厳島の奇襲で陶晴賢を討ち、尼子を滅ぼした。

生没年
1497–1571
氏族
毛利
出演
1合戦
武将詳細
武田軍

山県昌景

やまがた まさかげ

「武田の赤備え」

武田四天王の一人。三方ヶ原では赤備えで徳川の鶴翼を砕き、設楽原で銃弾に斃れた。

生没年
1529–1575
氏族
山県
出演
2合戦
武将詳細
武田軍

山本勘助

やまもと かんすけ

「道鬼斎」

信玄の軍師と伝わる伝説的人物。川中島で啄木鳥戦法の失敗を悟り、敵中へ突入して散った。

生没年
1493–1561
氏族
山本
出演
1合戦
武将詳細
龍造寺軍

龍造寺隆信

りゅうぞうじ たかのぶ

「肥前の熊」

一代で肥前を統一した「五州二島の太守」。沖田畷で島津の釣り野伏せに崩れ、討たれた。

生没年
1529–1584
氏族
龍造寺
出演
1合戦
武将詳細
孫劉連合軍

劉備

りゅうび

「玄徳」

漢室再興を掲げた流浪の英雄。赤壁の勝利で荊州に足場を得て、三国の一角・蜀漢を打ち立てる。

生没年
161–223
氏族
劉(蜀)
出演
1合戦
武将詳細