明石全登
あかし たけのり
「キリシタンの将」
宇喜多家に仕えたキリシタン武将。大坂の陣で豊臣方の一翼を担い、夏の陣の後に行方を絶った謎の将。
- 生没年
- 生没年不詳
- 氏族
- 明石
- 出演
- 1合戦
Commanders
合戦絵巻に登場する武将たちの横顔と、それぞれの戦場での足跡をまとめました。気になる武将のページから、その合戦へ飛ぶこともできます。
あかし たけのり
「キリシタンの将」
宇喜多家に仕えたキリシタン武将。大坂の陣で豊臣方の一翼を担い、夏の陣の後に行方を絶った謎の将。
あけち ひでみつ
「明智左馬助」
光秀の重臣にして娘婿。山崎の敗報を受け、坂本城で主家の宝物を敵に託してから一族とともに果てた。
あけち みつひで
「惟任日向守」
本能寺に主君信長を討った智将。だが味方は集まらず、山崎に敗れて「三日天下」に終わった。
あざい ながまさ
「北近江の旗頭」
信長の妹お市を娶り同盟したが朝倉を救って離反。姉川に敗れ、小谷城で自刃した。
あしな よしひろ
佐竹義重の次男から名門蘆名を継いだ若き当主。老臣の不和を抱えたまま摺上原で伊達政宗に大敗し、会津を追われて戦国大名・蘆名氏の歴史を閉じた。
あらき むらしげ
「摂津の謀将」
信長に摂津一国を任された有力武将。だが突如反旗を翻して有岡城に籠り、説得に来た黒田官兵衛を土牢に幽閉した。
いい なおまさ
「徳川四天王 / 井伊の赤備え」
徳川四天王の最年少。武田遺臣を率いた「井伊の赤備え」で先陣を駆け、関ヶ原では島津を追って深手を負った。
いけだ つねおき
「勝入」
信長の乳兄弟。本能寺の後は秀吉に属し、長久手で婿森長可とともに徳川勢に突出して討死した。
いしかわ かずまさ
「徳川の出奔者」
酒井忠次と並ぶ徳川の宿老。家康の片腕として外交を担ったが、突如秀吉のもとへ出奔し、家中を震撼させた。
いしだ みつなり
「治部少輔」
西軍の中心人物。豊臣政権を守る立場から家康に対抗した。
いなば いってつ
「西美濃三人衆 / 頑固一徹」
「頑固一徹」の語源となった西美濃三人衆の一。斎藤から織田へ転じ、武勇と気骨で姉川などに戦った老将。
いまがわ よしもと
「海道一の弓取り」
駿河・遠江・三河を領した「海道一の弓取り」。上洛の途上、桶狭間で信長の奇襲に斃れた。
うえすぎ かげかつ
「五大老」
謙信の後継者にして五大老の一。寡黙剛毅で知られ、会津で家康に抗したことが関ヶ原の引き金となった。
うえすぎ けんしん
「越後の龍 / 軍神」
越後の龍。「軍神」と恐れられた戦の天才で、川中島で武田信玄と五度にわたり激突した。
うえすぎ のりまさ
山内上杉家当主・関東管領。河越夜戦で北条氏康に大敗して関東の勢力を失い、居城を追われて越後の長尾景虎(上杉謙信)を頼り、上杉の名跡と関東管領職を譲った。
うきた なおいえ
「備前の梟雄」
謀略と暗殺を駆使して一代で備前を切り取った戦国屈指の梟雄。主家を凌いで大名へとのし上がった。子は豊臣五大老の宇喜多秀家。
うきた ひでいえ
「五大老の最年少」
秀吉の寵愛を受けた五大老の最年少。関ヶ原で西軍主力を率いて奮戦し、敗れて八丈島に流され、八十余歳まで生きた。
えんしょう
「四世三公」
名門「四世三公」の家に生まれた河北の雄。官渡で曹操に烏巣を焼かれ、大敗した。
おいちのかた
「戦国一の美女」
信長の妹。浅井長政に嫁いで三姉妹を生むが、長政滅亡の後、清須会議を経て柴田勝家に再嫁。賤ヶ岳の敗戦とともに北ノ庄城で自害した。
おおたに よしつぐ
「義の盟友」
秀吉に将才を惜しまれた知将。病に侵されながらも、友・三成のため勝算薄い西軍へ身を投じ、関ヶ原に散った。
おだ のぶかつ
信長の次男。清須会議で家督争いにからみ、のち徳川家康と結んで小牧・長久手で秀吉と戦った。最後は秀吉に降り、数奇な生涯の末に大名として存続した。
おだ のぶたか
信長の三男。山崎の戦いの名目上の総大将を務めるも、清須会議で家督から遠ざけられる。柴田勝家に呼応して秀吉に抗うが、賤ヶ岳の敗北とともに自害した。
おだ のぶただ
「織田の嫡男」
信長の嫡男にして後継者。武田攻めを成し遂げた将器の人だったが、本能寺と同じ日、二条御所に父を追って散った。
おだ のぶなが
「第六天魔王」
天下布武を掲げた戦国の革新者。桶狭間の奇襲で今川義元を討ち、長篠では馬防柵と大量の鉄砲で武田騎馬軍団を破った。
おぶ とらまさ
「甲山の猛虎 / 赤備えの祖」
「甲山の猛虎」と恐れられた武田の宿将。朱一色の「赤備え」を創始し、後の山県・井伊へと受け継がれた。
かきざき かげいえ
「越後の猛将」
上杉四天王の筆頭格。「越後七郡で一の武辺」と謳われた猛将で、川中島では車懸りの先陣を駆けた。
かこうとん
「隻眼の将」
曹操の挙兵以来の片腕。流れ矢に左目を失ってなお戦い抜き、魏で最も信任された宿将。
かたくら かげつな
「鬼の小十郎」
若き政宗を輔けた知勇兼備の名補佐役「鬼の小十郎」。摺上原など主要な戦いで先手と謀を担い、片倉家は代々仙台藩の要衝白石城を預かった。
かながみ もりはる
「蘆名の柱石」
「蘆名の柱石」と頼まれた老将。外交にも長けたが、摺上原で崩れる味方を支えようと単騎敵中へ突入し、名門の滅亡を象徴する最期を遂げた。
かんう
「美髯公 / 武聖」
劉備の義弟にして「美髯公」と讃えられた万夫不当の名将。後世、武の神「関帝」として祀られた。
かんねい
「錦帆賊」
「錦帆賊」と呼ばれた呉の猛将。精兵百騎で曹操の陣を夜襲し、一人も損なわず帰ったと伝わる豪胆の士。
ぎえん
「反骨の将」
劉備に重用された蜀の猛将。北伐では長安を一挙に衝く「子午の計」を唱えたが容れられず、内紛に斃れた。
きっかわ つねいえ
毛利が鳥取城に送り込んだ城将。死を覚悟し棺を担いで入城したと伝わる。秀吉の「渇え殺し」に四月耐えたが、城兵と領民すべての助命と引き換えに自刃した。享年三十五。
きっかわ もとはる
「毛利両川」
元就の次男で「毛利両川」の一。生涯七十余戦無敗と謳われた猛将で、山陰方面を一手に担い尼子残党と戦った。
きょうい
「天水の麒麟児」
魏から蜀へ降り、諸葛亮の志を継いだ蜀漢最後の名将。北伐を引き継ぎ、滅亡の際まで漢の再興に賭けた。
くまがい なおざね
「一ノ谷の組み討ち」
一ノ谷で平敦盛を討った坂東武者。わが子ほどの若武者を手にかけた悔恨から、後に出家して仏門に入った。
くろだ かんべえ(よしたか)
「軍師 / 如水」
秀吉の天下取りを支えた稀代の軍師。中国大返しを献策し、本能寺の報に天下取りの好機を囁いたと伝わる。
くろだ ながまさ
「関ヶ原の立役者」
軍師官兵衛の子。武勇に加え調略にも長け、小早川秀秋らの寝返り工作で関ヶ原の東軍勝利を陰で支えた。
こうがい
「苦肉の計」
孫家三代に仕えた呉の宿将。赤壁では「苦肉の計」で偽りの投降を装い、火船を率いて曹操の大艦隊を焼いた。
こうさか まさのぶ
「逃げ弾正 / 武田四天王」
武田四天王の一。退き際の巧みさから「逃げ弾正」と呼ばれ、海津城に拠って上杉に備えた知将。
こにし ゆきなが
「キリシタン大名」
堺の商人出身のキリシタン大名。朝鮮の役で先鋒を務め、関ヶ原で西軍に与して敗れ、信仰ゆえ自刃せず斬られた。
こばやかわ たかかげ
「毛利両川」
元就の三男で「毛利両川」の一。智将として外交と水軍を束ね、後に大老にも列した毛利の屋台骨。
こばやかわ ひであき
「金吾中納言」
松尾山に布陣し、戦局の転換点となる寝返りで知られる。
さいとう としみつ
「明智の柱石」
明智光秀の筆頭家老。本能寺の変で先陣を担った重臣で、後の春日局(家光の乳母)の父にあたる。
さかい ただつぐ
「徳川四天王筆頭」
徳川四天王の筆頭。三方ヶ原の敗走では「酒井の太鼓」で城を守り、長篠では鳶ヶ巣山奇襲で勝敗を決した。
さかきばら やすまさ
「徳川四天王」
徳川四天王の一。「無」の旗を掲げて先陣を駆け、小牧・長久手では秀吉を弾劾する檄文で挑発した知勇の将。
さくま もりまさ
「鬼玄蕃」
「鬼玄蕃」と恐れられた柴田勝家の甥。賤ヶ岳で中川隊を急襲して武名を上げたが、深入りが命取りとなった。
さなだ のぶしげ(ゆきむら)
「日本一の兵」
大坂夏の陣で家康本陣に三度突撃し、「日本一の兵」と敵将にまで言わしめた戦国最後の英雄。
しばい
「冢虎」
諸葛亮の北伐を持久戦で退けた魏の重臣。のち実権を握り、晋建国の礎を築いた。
しばた かついえ
「鬼柴田」
「鬼柴田」と呼ばれた織田家筆頭家老。賤ヶ岳に敗れ、北ノ庄城でお市の方とともに自害した。
しまづ いえひさ
「釣り野伏せの名手」
島津四兄弟の末弟。沖田畷で龍造寺隆信を、戸次川で豊臣方を破った、戦術の冴え随一の将。
しまづ よしひさ
「島津十六代当主」
島津四兄弟の長兄。耳川で大友の大軍を釣り野伏せに沈め、九州統一へと島津家を導いた。
しまづ よしひろ
「鬼島津」
耳川では釣り野伏せの「釣り」役を演じ、関ヶ原では敗走の中で敵中突破「島津の退き口」を敢行した猛将。
しみず むねはる
「武士の鑑」
備中高松城主。秀吉の水攻めに耐えたが、本能寺直後の和睦で城兵すべての助命と引き換えに、湖上の小舟で舞い自刃した。「武士の鑑」と讃えられる忠将。
しゅうゆ
「美周郎」
呉の大都督「美周郎」。赤壁で火計を指揮し、五万の兵で曹操二十万を打ち破った。
しょかつりょう
「臥龍」
臥龍と呼ばれた蜀の丞相。赤壁では孫呉との同盟を成立させ、演義では東南の風を祈った。
すえ はるかた
「西国無双の侍大将」
「西国無双の侍大将」と謳われた大内の重臣。主君義隆を討って実権を握るが、厳島で毛利元就の奇襲に敗れ自刃した。
そうそう
「乱世の奸雄」
「乱世の奸雄」と評された後漢末の覇者。中原を統一するも、赤壁の敗北で天下統一の夢を絶たれた。
たいらの あつもり
「笛の貴公子」
一ノ谷に散った平家の貴公子。笛の名手で、熊谷直実に討たれたその最期は『敦盛』として後世に語り継がれた。
たいらの とももり
「新中納言」
清盛の四男にして平家最後の支柱。壇ノ浦で一門の最期を見届け、碇を担いで海に沈んだ。
たいらの のりつね
「平家一の猛将」
「王城一の強弓精兵」と謳われた平家随一の猛将。屋島・壇ノ浦で奮戦し、義経を追い詰めたと伝わる。
たいらの むねもり
「平家総帥」
清盛の三男にして都落ち後の平家を率いた総帥。屋島・壇ノ浦に一門を指揮したが、戦後に捕えられ斬られた。
たかやま うこん
「キリシタン大名 / ジュスト」
信仰に殉じたキリシタン大名。山崎・賤ヶ岳に秀吉方として戦ったが、後に信仰ゆえ領地を捨て、国外追放に散った。
たきがわ かずます
「織田四宿老」
織田四宿老の一。鉄砲と調略に通じた猛将で関東方面軍を率いたが、本能寺後の神流川の敗北で失脚した。
たけだ かつより
「武田四郎」
信玄の後継者。三方ヶ原では父の下で初陣級の若武者として戦い、長篠で宿将の多くを失った。
たけだ しんげん
「甲斐の虎」
甲斐の虎。風林火山の旗の下、川中島で謙信と覇を競い、三方ヶ原で家康に生涯最大の敗北を与えた。
たけだ のぶしげ
「典厩 / 武田の副将」
信玄の弟にして武田の副将。「典厩」と慕われ、川中島で本陣を守って壮烈な討死を遂げた。
たけなか はんべえ
「今孔明」
「今孔明」と称された秀吉の軍師。わずかな手勢で稲葉山城を奪った智謀で知られ、黒田官兵衛と並ぶ「両兵衛」として羽柴軍を支えた。
だて しげざね
「武の成実」と称された政宗の従弟。退かぬ毛虫を兜の前立に掲げて先陣を駆け、摺上原では側面への突撃で勝敗を決した猛将。
だて まさむね
「独眼竜」
幼くして右目を失い「独眼竜」と呼ばれた奥州の梟雄。摺上原に蘆名を滅ぼして南奥州を制したが、秀吉の惣無事令に阻まれ天下への道を断たれた。数えで二十代のうちに最大版図を築いた。
ちゃちゃ(よどどの)
浅井長政とお市の長女。両親と養父を戦で失い、豊臣秀吉の側室となる。秀頼を生んで権勢をふるったが、大坂の陣で豊臣家とともに滅んだ。
ちょうこう
「五子良将」
官渡で袁紹に従うも曹操へ降り、五子良将に数えられた巧将。地形と変化に通じ、蜀軍に最も恐れられた。
ちょうそかべ もとちか
「土佐の出来人」
一代で四国をほぼ統一した「土佐の出来人」。一領具足の強兵を率いて覇を唱えたが、秀吉の四国攻めに降り、土佐一国の大名として臣従した。
ちょうそかべ もりちか
「土佐の遺将」
四国の覇者元親の子。関ヶ原で西軍に属して改易され、再起を期して大坂の陣に馳せ参じ、戦国の最後に散った。
ちょうりょう
「五子良将」
魏の五子良将の一。合肥でわずか八百の兵をもって孫権の大軍を破り、その名は江東を震え上がらせた。
とうどう たかとら
「築城の名手」
七度主君を変えて出世した築城の名手。関ヶ原で東軍に与し、家康の信を得て外様ながら別格の重きをなした。
とくがわ いえやす
「東照大権現」
桶狭間では今川方の先鋒・松平元康として参陣。三方ヶ原で信玄に大敗、長篠で武田を破り、関ヶ原を制して江戸幕府を開く。大坂夏の陣で戦国の世を終わらせた。
とくがわ ひでただ
「江戸幕府二代将軍」
家康の三男にして二代将軍。関ヶ原に遅参した汚名を背負いつつ、堅実な統治で幕府の体制を固めた。
とよとみ ひでなが
「大和大納言」
兄秀吉を生涯支えた「天下一の補佐役」。軍事・内政・外交に秀で、諸大名の信望も厚かった。その早すぎる死が、豊臣政権ほころびの始まりともいわれる。
とよとみ ひでよし
「太閤」
足軽から天下人へ。中国大返しで山崎に光秀を破り、美濃大返しで賤ヶ岳に勝家を下して、信長の後継者の座を勝ち取った。
なかがわ きよひで
「摂津の猛将」
はじめ荒木村重に従い、後に秀吉に属した摂津の猛将。賤ヶ岳の大岩山で佐久間盛政の急襲を受け討死した。
なすの よいち
「扇の的」
屋島で揺れる舟上の扇を一矢で射落とした弓の名手。その妙技は『平家物語』屈指の名場面となった。
なべしま なおしげ
「肥前の執政」
龍造寺の執政から肥前の実権を握った智将。沖田畷で主君隆信を喪った後、龍造寺を支えて鍋島藩の礎を築いた。
にわ ながひで
「米五郎左 / 織田四宿老」
「米五郎左」と頼られた織田四宿老の一。手堅い実務と築城で信長を支え、安土城普請の総奉行を務めた。
ねね
「北政所」
秀吉の正室「北政所」。足軽時代の秀吉と結ばれ、天下人の妻として子飼いの武将に慕われた。秀吉の死後は高台院と号し、豊臣家の菩提を弔った。
ばば のぶはる
「不死身の鬼美濃」
武田四天王の筆頭格。川中島・三方ヶ原を歴戦し、長篠では殿軍として勝頼を逃がし討死した。
ふくしま まさのり
「賤ヶ岳の七本槍」
東軍先鋒格として宇喜多勢などと激しく戦った豊臣恩顧の大名。
べっしょ ながはる
東播磨の名族・三木城主。織田に背いて毛利方につき、秀吉の「三木の干殺し」と呼ばれる兵糧攻めに二年近く耐えた末、城兵の助命と引き換えに自刃した。
ほうじょう うじやす
「相模の獅子」
後北条氏三代目。河越夜戦でわずか八千の兵で八万の連合軍を破り、関東に覇を唱えた。合戦に強いだけでなく、税制改革など内政にも優れた戦国屈指の名君。
ほうじょう つなしげ
「地黄八幡」
黄色地の八幡旗を掲げ「地黄八幡」と恐れられた後北条氏随一の猛将。河越夜戦では三千で半年籠城し、氏康の夜襲に呼応して城から打って出て連合軍を崩した。
ほそかわ ただおき
「三斎 / 利休七哲」
利休七哲に数えられた文武両道の武将。妻ガラシャを関ヶ原前夜に喪いながら、東軍として石田隊と戦った。
ほんだ ただかつ
「蜻蛉切の鬼」
生涯五十七戦無傷と伝わる徳川四天王の猛将。三方ヶ原でも関ヶ原でも、蜻蛉切の槍は最前線にあった。
まえだ としいえ
「槍の又左」
槍の又左と謳われた加賀百万石の祖。賤ヶ岳では旧友秀吉と主筋勝家の狭間で戦線を離脱した。
みなもとの のりより
「蒲冠者」
頼朝の弟、義経の兄。源氏の総大将として平家追討の本軍を率い、九州へ回り込んで退路を断った。
みなもとの よしつね
「九郎判官」
一ノ谷・屋島・壇ノ浦と源平合戦を駆け抜けた不世出の戦の天才。勝利の後、兄頼朝に追われ奥州に散った。
むさしぼう べんけい
「荒法師」
義経に従った怪力無双の荒法師。衣川の最期では「立ち往生」して主君を守ったと伝説に語られる。
むらかみ よしきよ
「北信濃の雄」
信玄に二度の手痛い敗北を与えた北信濃の雄。やがて領を追われ、上杉謙信を頼って川中島の因縁を生んだ。
もうり かつなが
「大坂の名将」
大坂の陣に馳せ参じた豊臣方の名将。夏の陣では徳川勢を次々と突き崩し、真田幸村と並ぶ奮戦を見せた。
もうり てるもと
「安芸宰相」
毛利元就の孫。中国地方を治めた大大名。関ヶ原で西軍の総大将に担がれたが大坂城を動かず、敗れて防長二国に減封され、長州藩の祖となった。
もうり もとなり
「三本の矢」
安芸の小領主から一代で中国地方を制した稀代の謀将。厳島の奇襲で陶晴賢を討ち、尼子を滅ぼした。
もり ながよし
「鬼武蔵」
「鬼武蔵」と恐れられた森蘭丸の兄。長久手で舅池田恒興とともに徳川勢に突撃し、銃弾に斃れた猛将。
もり らんまる
「信長の小姓」
信長に寵愛された才知の小姓。本能寺の変で主君の傍らを離れず、明智の軍勢を相手に奮戦して散った。
やまがた まさかげ
「武田の赤備え」
武田四天王の一人。三方ヶ原では赤備えで徳川の鶴翼を砕き、設楽原で銃弾に斃れた。
やまもと かんすけ
「道鬼斎」
信玄の軍師と伝わる伝説的人物。川中島で啄木鳥戦法の失敗を悟り、敵中へ突入して散った。
りゅうぞうじ たかのぶ
「肥前の熊」
一代で肥前を統一した「五州二島の太守」。沖田畷で島津の釣り野伏せに崩れ、討たれた。
りゅうび
「玄徳」
漢室再興を掲げた流浪の英雄。赤壁の勝利で荊州に足場を得て、三国の一角・蜀漢を打ち立てる。
該当する武将が見つかりませんでした。