孫劉連合軍 ・ 周(呉)
周瑜
しゅうゆ
「美周郎」
孫策の盟友として江東平定を助け、その死後は若き孫権を支えた呉の大都督。赤壁では徹底抗戦を唱えて連合を主導し、黄蓋の火計で曹操の大軍を撃破した。音楽にも通じた美丈夫で「曲に誤りあれば周郎顧みる」と謳われた。天下二分の計を抱いたまま、遠征の途上で病没した。
- 異名
- 「美周郎」
- 官位・役職
- 建威中郎将 / 大都督
- 領国・本拠
- 江東(呉)
- 陣営
- 孫劉連合軍
- 生没
- 175–210(享年36)
曲に誤りあらば、周郎顧みる。
三国志・周瑜伝
生涯
- 建安三年 孫策を輔く 盟友孫策とともに江東を平定し、呉の基盤を築いた。
- 建安十三年 赤壁の火計 主戦論を貫き、黄蓋の火船で曹操の大軍を撃破した。
- 建安十五年 巴丘に没す 益州攻略を志すも、遠征の途上で病に倒れた。享年三十六。