← 武将一覧へ

孫劉連合軍 ・ 関(蜀)

関羽

かんう

「美髯公 / 武聖」

桃園の誓いで劉備・張飛と義兄弟の契りを結び、生涯忠義を貫いた豪傑。一時曹操に身を寄せた際も顔良を斬って恩に報い、劉備のもとへ帰参した。赤壁の後は荊州の鎮守を託されるが、樊城を攻める最中に呉の背信を受け、麦城に追われて落命した。武の聖人「関帝」として今も篤く信仰される。

異名
「美髯公 / 武聖」
官位・役職
前将軍ぜんしょうぐん / 漢寿亭侯かんじゅていこう
領国・本拠
蜀漢
陣営
孫劉連合軍
生没
生年不詳–220

生涯

  1. 中平元年 桃園の誓い 劉備・張飛と義兄弟の契りを結び、挙兵に従ったと伝わる。
  2. 建安五年 白馬に顔良を斬る 一時曹操に従い、袁紹の猛将顔良を陣中に討って恩に報いた。
  3. 建安二十四年 樊城の水攻め 漢水の増水を利して于禁を降し、その武威は中原を震わせた。
  4. 建安二十四年 麦城に散る 呉に荊州を奪われて退路を断たれ、麦城を脱する途上で落命した。

この絵巻での足跡全1合戦

  1. 赤壁の戦いせきへきのたたかい 後漢 建安十三年 冬 荊州 長江・赤壁 華容道に伏した蜀の万人敵。演義は語る――かつての恩義に、敗走する曹操を見逃したと。 兵力 6,000名 観る ▸