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孫劉連合軍 ・ 諸葛(蜀)

諸葛亮

しょかつりょう

「臥龍」

「三顧の礼」で劉備に迎えられ、天下三分の計を説いた蜀漢の丞相。赤壁では自ら呉へ赴いて同盟を成立させ、曹操を退けた。劉備の死後は遺児を託され、南征で国内を固めて五度にわたり魏へ北伐を敢行する。五丈原の陣中で病没し、「鞠躬尽瘁」の生涯を閉じた。

異名
「臥龍」
官位・役職
丞相じょうしょう
領国・本拠
蜀漢
陣営
孫劉連合軍
生没
181–234(享年54)

鞠躬尽瘁、死して後已まん。

後出師表

生涯

  1. 建安十二年 三顧の礼 劉備の三度の訪問に応え、天下三分の計を示して仕えた。
  2. 建安十三年 赤壁の同盟 呉に赴いて孫権を説得し、孫劉連合を成立させた。
  3. 章武元年 蜀漢の丞相 劉備の即位に伴い丞相となり、内政を一手に担った。
  4. 建興十二年 五丈原に星落つ 五度目の北伐の陣中、五丈原で病に没した。享年五十四。

この絵巻での足跡全2合戦

  1. 赤壁の戦いせきへきのたたかい 後漢 建安十三年 冬 荊州 長江・赤壁 七星壇に東南の風を祈ったと演義は語る。史実の彼は同盟の立役者として、この岸で炎を見ていた。 兵力 500名 観る ▸
  2. 五丈原の戦いごじょうげんのたたかい 蜀 建興十二年 秋 雍州 五丈原 漢室再興に北伐を重ねた蜀の丞相。五丈原に布陣して司馬懿と対峙するも、陣中に病で倒れた。享年五十四。 兵力 6,000名 ・ 総大将 観る ▸