孫劉連合軍諸葛(蜀)
諸葛亮
しょかつりょう
「臥龍」
181–234(享年54)
- 官位・役職
- 丞相
- 領国・本拠
- 蜀漢
- 3Dで見られる合戦
- 3合戦
後世の想像図・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
鞠躬尽瘁、死して後已まん。
後出師表
「三顧の礼」で劉備に迎えられ、天下三分の計を説いた蜀漢の丞相。赤壁では自ら呉へ赴いて同盟を成立させ、曹操を退けた。劉備の死後は遺児を託され、南征で国内を固めて五度にわたり魏へ北伐を敢行する。五丈原の陣中で病没し、「鞠躬尽瘁」の生涯を閉じた。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 207建安十二年
三顧の礼
劉備の三度の訪問に応え、天下三分の計を示して仕えた。
- 208建安十三年
赤壁の同盟
呉に赴いて孫権を説得し、孫劉連合を成立させた。
赤壁の戦い 兵 500 3Dで見る › 七星壇に東南の風を祈ったと演義は語る。史実の彼は同盟の立役者として、この岸で炎を見ていた。 PR『三国志』吉川英治Amazonで見る
- 221章武元年
蜀漢の丞相
劉備の即位に伴い丞相となり、内政を一手に担った。
- 228蜀漢 建興六年
街亭の戦い
蜀漢の丞相。第一次北伐で祁山に出て三郡を靡かせたが、街亭の敗報に全軍を退かせ、軍令を犯した愛弟子馬謖を涙ながらに斬った。
雍州 街亭 兵 30,000 3Dで見る › PR「街亭の戦い」の本を探す楽天で探す
- 234建興十二年
五丈原に星落つ
五度目の北伐の陣中、五丈原で病に没した。享年五十四。
五丈原の戦い 総大将 兵 6,000 3Dで見る › 漢室再興に北伐を重ねた蜀の丞相。五丈原に布陣して司馬懿と対峙するも、陣中に病で倒れた。享年五十四。