五丈原の戦いの解説
五丈原の戦いは、234年(蜀 建興十二年 秋)に雍州 五丈原で行われた合戦です。渭水を挟んだ百余日の対峙。北伐に賭けた諸葛亮は陣中に星と落ち、死してなお司馬懿を走らせた。
- 年
- 234年蜀 建興十二年 秋
- 場所
- 雍州 五丈原
- 時代
- 三国時代(三国志)
両軍の対陣
合戦の経過時刻は3Dの時計
- 対陣 初日1章
布陣渭水を渡る
建興十二年、諸葛亮は五度目の北伐に出た。渭水を渡って五丈原に布陣し、長安をうかがう。対する司馬懿は対岸に堅塁を築き、ただ守って動かない。決戦を望む丞相と、それを避ける宿将の対峙が始まった。
- 対陣 十数日2章
挑発巾幗を贈る
出てこぬ司馬懿に、諸葛亮は女性の衣と頭巾を贈りつけた。「戦わぬは女子のごとし」という痛烈な挑発である。魏の諸将は怒り立ったが、司馬懿は涼しい顔で受け取り、決して兵を出さなかった。
- 対陣 百余日3章
屯田渭浜に田を耕す
長陣を覚悟した諸葛亮は、渭水のほとりで屯田を始める。兵は民に交じって田を耕し、現地で糧を賄った。にらみ合いは百余日。だが、丞相の身体は、度重なる激務にすでに蝕まれていた。
- 秋 八月4章
将星墜つ秋風、五丈原
秋の風が原を渡る頃、諸葛亮はついに陣中に倒れた。「悠悠たり蒼天、この何の人ぞ」――漢室再興の夢を抱いたまま、巨星は静かに地に墜ちる。享年五十四。鞠躬尽瘁の生涯が、ここに閉じた。
- 退軍5章
退軍喪を秘して退く
姜維は丞相の死を伏せ、整然と全軍の撤退にかかった。陣はあくまで静かに、隊伍は乱れず南の谷へ。魏陣からは、蜀軍がいつになく落ち着いて引くのが見えるばかりであった。
- 退軍6章
走仲達死せる孔明、仲達を走らす
異変を察した司馬懿が、ついに追撃に転じる。だが蜀軍は旗を返し、車上に諸葛亮の木像を押し立てた。生きていたか――罠を恐れた司馬懿は、ほうほうの体で兵を退く。「死せる孔明、生ける仲達を走らす」と、後の世まで笑い草になった。
超精密3Dで見ると合戦パスの特典

同じ場面を、標準の画質と超精密3Dで並べました。線を左右に動かして見比べられ、「引き」と「接近」で見え方を切り替えられます。超精密3Dでは、山肌の尾根と谷、3Dの森と岩、海や川の水面、田畑の筋、人の姿の兵まで精密に描きます。各合戦の1章目は、合戦パスが無くても超精密3Dで見られます。
よくある質問
五丈原の戦いとは何ですか?
渭水を挟んだ百余日の対峙。北伐に賭けた諸葛亮は陣中に星と落ち、死してなお司馬懿を走らせた。
五丈原の戦いはいつ・どこで起きましたか?
234年、雍州 五丈原(蜀 建興十二年 秋)で起きた合戦です。
五丈原の戦いでは誰が戦いましたか?
蜀漢軍の諸葛亮、魏軍の司馬懿らが戦いました。
五丈原の戦いを3Dで見られますか?
はい。このページで約3分の3D俯瞰演出として無料でご覧いただけます。布陣・軍勢の動き・勝敗の流れを直感的に追えます。