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街亭の戦い

蜀漢 建興六年

午前6:00 北伐
東軍 西軍 寝返り

街亭の戦い
合戦データを読み込み中

街亭の戦いがいていのたたかいの解説

街亭の戦いは、228年(蜀漢 建興六年)に雍州 街亭で行われた合戦です。諸葛亮の第一次北伐。要衝街亭を任された馬謖は軍令に背いて山上に布陣し、張郃に水路を断たれて大敗する。北伐は頓挫し、諸葛亮は泣いて馬謖を斬った。

年
228年蜀漢 建興六年
場所
雍州 街亭
時代
三国時代

両軍の対陣

蜀漢軍 総大将馬謖 51,0003隊
魏軍 総大将張郃 80,0003隊

兵力の内訳3Dに登場する部隊の合計

蜀漢軍

戦った 51,000

魏軍

戦った 80,000

蜀漢軍兵の多い順

魏軍兵の多い順

  • 張郃 総大将 50,000
  • 魏軍包囲隊 20,000
  • 郭淮 10,000

肖像画は Wikimedia Commons のパブリックドメインの画像です(後世に描かれた想像図を含みます)。

合戦の経過時刻は3Dの時計

  1. 建興六年 春1章

    北伐出師の表

    建興六年春、諸葛亮は後主劉禅に出師の表を奉り、北伐の軍を起こした。趙雲を囮として斜谷に出し、自らは主力を率いて祁山へ向かう。天水・南安・安定の三郡が呼応して魏に背き、関中は震動した。

  2. 二月2章

    街亭要衝を誰に託すか

    魏の明帝は自ら長安に出て、張郃に五万を授けて西へ向かわせた。張郃を防ぐ要衝は街亭。諸将は魏延・呉懿を推したが、諸葛亮は日頃から兵法を論じ合った参軍・馬謖を抜擢する。「街道を押さえ、山に登るな」——それが諸葛亮の軍令であった。

  3. 街亭 初日3章

    山上軍令に背く

    街亭に着いた馬謖は、街道の脇にそびえる南山を見て「高きに拠って低きを見下ろせば、勢いは竹を割るが如し」と山上に布陣した。副将の王平は「山には水がない。囲まれれば終わりだ」と再三諫めたが聞き入れられず、わずか千の兵で麓の街道に別営を構えた。

  4. 二日目4章

    断水張郃、水を断つ

    隴山を越えて来た張郃は、蜀軍が山上にあるのを見て喜んだ。魏軍は山を幾重にも囲み、麓の川を押さえて水の道を断つ。炎天の下、蜀の兵は渇きに苦しみ、馬謖が突撃を命じても兵は動かない。二日、三日と経つうちに陣は内側から崩れ始めた。

  5. 四日目5章

    崩壊南山、崩る

    張郃が総攻撃をかけると、渇き切った蜀軍は総崩れとなった。馬謖は兵を捨てて逃げ、山を下る蜀兵は魏軍に討たれる。ただ王平だけは千の兵に太鼓を打たせて陣を固め、伏兵を疑った張郃を足止めした。王平は散り散りの敗兵を収容しながら、整然と退いた。

  6. 三月6章

    撤退北伐、頓挫

    街亭を失えば祁山の蜀軍は退路を断たれる。諸葛亮はやむなく全軍に撤退を命じ、西県の千余家を漢中へ移して退いた。呼応した三郡は再び魏の手に落ち、緒戦の優勢は一夜にして失われた。

  7. 漢中7章

    泣斬泣いて馬謖を斬る

    漢中に戻った諸葛亮は、軍令を犯した馬謖を法に照らして斬った。愛弟子の処刑に諸葛亮は涙を流し、自らも丞相の位を三段下げて右将軍に降った。王平は功により参軍に抜擢される。「泣いて馬謖を斬る」の故事は、私情を排して法を守る言葉として今に残る。

超精密3Dで見ると合戦パスの特典

街亭の戦いの3D(標準の画質)
街亭の戦い(超精密3D)

同じ場面を、標準の画質と超精密3Dで並べました。線を左右に動かして見比べられ、「引き」と「接近」で見え方を切り替えられます。超精密3Dでは、山肌の尾根と谷、3Dの森と岩、海や川の水面、田畑の筋、人の姿の兵まで精密に描きます。各合戦の1章目は、合戦パスが無くても超精密3Dで見られます。

よくある質問

街亭の戦いとは何ですか?

諸葛亮の第一次北伐。要衝街亭を任された馬謖は軍令に背いて山上に布陣し、張郃に水路を断たれて大敗する。北伐は頓挫し、諸葛亮は泣いて馬謖を斬った。

街亭の戦いはいつ・どこで起きましたか?

228年、雍州 街亭(蜀漢 建興六年)で起きた合戦です。

街亭の戦いでは誰が戦いましたか?

蜀漢軍の馬謖、魏軍の張郃らが戦いました。

街亭の戦いを3Dで見られますか?

はい。このページで約3分の3D俯瞰演出として無料でご覧いただけます。布陣・軍勢の動き・勝敗の流れを直感的に追えます。

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