孫劉連合軍魏(蜀)
魏延
ぎえん
「反骨の将」
生年不詳–234
- 官位・役職
- 征西大将軍 / 南鄭侯
- 領国・本拠
- 蜀漢
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
劉備の入蜀に従って頭角を現し、要衝・漢中の太守という重職を任された勇将。北伐では長安を奇襲する「子午の計」を進言したが、慎重な諸葛亮は容れなかった。亮の死後、後事をめぐって楊儀と対立し、謀反を疑われて討たれた。その武勇と「反骨」の評は今に語り継がれる。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 219建安二十四年
漢中太守
劉備に抜擢され、要衝漢中の守りを任された。
- 228建興六年
子午の計
長安を奇襲する策を唱えるも、諸葛亮に退けられた。
- 234建興十二年
五丈原の後
諸葛亮の死後、楊儀と争って敗れ、討ち取られた。
五丈原の戦い 兵 4,000 3Dで見る › 蜀の勇将。渭水のほとりで魏軍を牽制し、屯田の兵を守った。撤退の殿を担って南へ退いた。 PR『三国志』吉川英治Amazonで見る