官渡の戦いの解説
官渡の戦いは、200年(後漢 建安五年)に兗州 官渡で行われた合戦です。十万の袁紹に寡兵で挑む曹操。烏巣の兵糧を焼く乾坤一擲の夜襲が、華北の覇者を決めた。
- 年
- 200年(後漢 建安五年)
- 場所
- 兗州 官渡
- 時代
- 後漢末(三国志)
合戦の経過
- 対陣 官渡に拠る
建安五年、後漢の天下は二人の英雄に絞られていた。河北の袁紹、十万。中原の曹操、その数分の一。曹操は官渡に塁を築いて黄河の南に踏みとどまり、圧倒的な大軍を正面から受け止めていた。
- 消耗 土山と地下道
袁紹は土山を築いて矢を射下ろし、地下道を掘って塁に迫る。曹操は発石車でこれを砕き、塹壕で道を断った。一進一退の攻防が幾月も続き、曹操軍の兵糧は底を尽きかけていた。
- 密告 許攸、降る
進退きわまったその時、袁紹の謀臣・許攸が曹操のもとへ走った。彼がもたらしたのは、袁紹軍の生命線――烏巣に山と積まれた兵糧の在処。曹操は跣で迎え、即座に乾坤一擲の賭けに出る。
- 烏巣 夜襲、兵糧を焼く
曹操みずから精兵五千を率い、袁紹の旗を掲げて夜陰に紛れ烏巣へ。守将・淳于瓊は油断していた。一気に襲いかかり、積み上げられた兵糧に火を放つ。河北十万を支える糧は、紅蓮の炎となって夜空を焦がした。
- 寝返り 張郃、曹操へ
袁紹は烏巣を救わず、逆に手薄な曹操本陣を攻めさせた。だがそれも破られる。進退を誤った采配に絶望し、将・張郃と高覧が陣を焼いて曹操へ寝返った。袁紹の陣は、内側から崩れ始めた。
- 崩壊 河北、潰ゆ
兵糧を失い、将に背かれ、十万の大軍はもはや烏合の衆であった。曹操の総反撃に袁紹軍は雪崩を打って崩れ、袁紹はわずかな騎馬で黄河を北へ逃れた。中原の覇権は、曹操の手に握られた。
登場する武将・部隊
よくある質問
- 官渡の戦いとは何ですか?
- 十万の袁紹に寡兵で挑む曹操。烏巣の兵糧を焼く乾坤一擲の夜襲が、華北の覇者を決めた。
- 官渡の戦いはいつ・どこで起きましたか?
- 200年、兗州 官渡(後漢 建安五年)で起きた合戦です。
- 官渡の戦いでは誰が戦いましたか?
- 曹操軍の曹操、袁紹軍の袁紹らが戦いました。
- 官渡の戦いを3Dで見られますか?
- はい。このページで約3分の3D俯瞰演出として無料でご覧いただけます。布陣・軍勢の動き・勝敗の流れを直感的に追えます。
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