張遼の肖像

曹操軍張(魏)

張遼

ちょうりょう

「五子良将ごしりょうしょう」

169–222(享年54)

官位・役職
前将軍ぜんしょうぐん / 仮節かせつ
領国・本拠
魏
3Dで見られる合戦
3合戦

後世の想像図・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

呂布の旧臣で、下邳の陥落後に曹操へ降って厚く用いられた。武勇と統率を兼ね、官渡から各地を転戦する。合肥の戦いでは八百の決死隊で孫権十万を急襲して城下まで迫った敵を退け、「遼来来(張遼が来るぞ)」と泣く子も黙ったと伝わる。

生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦

  1. 200建安五年

    曹操に降る

    呂布の滅亡後に曹操へ降り、その将として頭角を現した。

  2. 200後漢 建安五年

    官渡の戦い

    曹操配下の猛将。烏巣の夜襲で先頭に立ち、淳于瓊の守りを突き崩して兵糧庫に火を放った。

    兗州 官渡 兵 2,000 3Dで見る ›

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  3. 208後漢 建安十三年

    赤壁の戦い

    魏の猛将は殿軍を務め、燃える烏林から曹操を逃した。後の合肥で呉を震わせる男である。

    荊州 長江・赤壁 兵 15,000 3Dで見る ›
  4. 215建安二十年
  5. 222黄初三年

    陣中に没す

    病をおして呉軍を破った後、江都の陣中で世を去った。

ゆかりの地

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