徳川軍本多
本多忠勝
ほんだ ただかつ
「蜻蛉切の鬼」
1548–1610(享年63)
- 官位・役職
- 中務大輔
- 領国・本拠
- 上総大多喜 → 伊勢桑名
- 旗印・家紋
- 本多立葵
- 3Dで見られる合戦
- 4合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
侍は首取らずとも事欠かぬ。槍一筋の働きこそ肝要なれ。
伝・本多忠勝
徳川四天王の一人で、生涯五十七度の合戦に一度も傷を負わなかったと伝わる無双の猛将。名槍「蜻蛉切」と鹿角の兜で知られ、一言坂でも三方ヶ原でも殿軍を務めて家康を救った。信長に「日本に過ぎたるもの」と讃えられ、関ヶ原の後は桑名十万石を領した。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1570元亀元年
- 1572元亀三年
一言坂の殿
三方ヶ原に先立つ撤退戦で殿を務め、武田方をも感嘆させた。
- 1573元亀三年
- 1584天正十二年
小牧・長久手
わずかな手勢で秀吉の大軍の前に立ち塞がり、時を稼いだ。
小牧・長久手の戦い 兵 500 3Dで見る › わずか五百で龍泉寺川のほとりに立ち、秀吉の大軍の前進を一身で牽制した。蜻蛉切の鬼の面目躍如。 PR「小牧・長久手の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1600慶長五年