徳川軍 ・ 本多
本多忠勝
ほんだ ただかつ
「蜻蛉切の鬼」
徳川四天王の一人で、生涯五十七度の合戦に一度も傷を負わなかったと伝わる無双の猛将。名槍「蜻蛉切」と鹿角の兜で知られ、一言坂でも三方ヶ原でも殿軍を務めて家康を救った。信長に「日本に過ぎたるもの」と讃えられ、関ヶ原の後は桑名十万石を領した。
- 異名
- 「蜻蛉切の鬼」
- 官位・役職
- 中務大輔
- 領国・本拠
- 上総大多喜 → 伊勢桑名
- 旗印・家紋
- 本多立葵
- 陣営
- 徳川軍
- 生没
- 1548–1610(享年63)
侍は首取らずとも事欠かぬ。槍一筋の働きこそ肝要なれ。
伝・本多忠勝
生涯
- 元亀三年 一言坂の殿 三方ヶ原に先立つ撤退戦で殿を務め、武田方をも感嘆させた。
- 天正十二年 小牧・長久手 わずかな手勢で秀吉の大軍の前に立ち塞がり、時を稼いだ。
- 慶長五年 関ヶ原 東軍の軍監として奮戦し、戦後は桑名十万石を与えられた。
この絵巻での足跡全4合戦
- 姉川の戦い 元亀元年六月二十八日 近江国 姉川 若き蜻蛉切の鬼。姉川の流れに単騎で踏みとどまり、真柄直隆の大太刀を相手取って一歩も退かなかった。 観る ▸
- 三方ヶ原の戦い 元亀三年十二月二十二日 遠江国 三方ヶ原 生涯五十七戦無傷の猛将は、この日も殿軍を務めて主君を逃した。蜻蛉切の槍が夕闇に唸る。 観る ▸
- 小牧・長久手の戦い 天正十二年四月九日 尾張国 長久手 わずか五百で龍泉寺川のほとりに立ち、秀吉の大軍の前進を一身で牽制した。蜻蛉切の鬼の面目躍如。 観る ▸
- 関ヶ原の戦い 慶長五年九月十五日 美濃国 関ヶ原 徳川軍の軍監として寡兵で戦場を駆け回り、退く島津勢への追撃でも先頭に立った。 観る ▸