姉川の戦いの解説
姉川の戦いは、1570年(元亀元年六月二十八日)に近江国 姉川で行われた合戦です。姉川の浅瀬を血に染めた乱戦。浅井の猛攻に織田は崩れかけるが、徳川が朝倉を破り、横腹を衝いて勝敗を覆した。
- 年
- 1570年(元亀元年六月二十八日)
- 場所
- 近江国 姉川
- 時代
- 戦国・安土桃山
合戦の経過
- 対陣 姉川を挟んで
元亀元年六月二十八日、夏の払暁。小谷城を出た浅井・朝倉が姉川の北に布陣する。南には横山城を囲んでいた織田、その西に徳川。浅い流れひとつを隔てて、両軍二万余が相対した。
- 浅井猛攻 十一段、崩される
合戦は浅井方の猛攻で始まった。先鋒・磯野員昌が姉川を押し渡り、織田の十三段の陣を十一段まで突き崩す。本陣に迫る浅井の勢いに、信長は床几を蹴って立ち上がった。
- 徳川奮戦 徳川、朝倉を割る
西では徳川勢が朝倉軍と激突。本多忠勝は単騎で川中に踏みとどまり、豪傑・真柄直隆は大太刀を振るって暴れ回る。やがて榊原康政が朝倉の側面に回り込み、その陣は裂け始めた。
- 側撃 横腹を衝く
朝倉を破った徳川勢が、返す刀で浅井の横腹へ。さらに稲葉一鉄の遊軍が東から突き入る。三方から圧されて、あれほど勢いのあった浅井の攻めが、堰を切ったように逆流し始めた。
- 逆転 血、姉川を染む
磯野隊は包まれ、浅井長政の本隊も支えきれない。姉川の浅瀬は討たれた者の血で赤く濁ったと伝わる。連合軍の押し返しは、もはや止まらなかった。
- 退き 小谷へ退く
浅井・朝倉は北の小谷へと兵を退いた。横山城も開いて織田の手に落ち、信長は北近江に楔を打ち込む。だが浅井の抵抗はなお続き、小谷の落城まで、戦いは三年に及ぶことになる。
登場する武将・部隊
よくある質問
- 姉川の戦いとは何ですか?
- 姉川の浅瀬を血に染めた乱戦。浅井の猛攻に織田は崩れかけるが、徳川が朝倉を破り、横腹を衝いて勝敗を覆した。
- 姉川の戦いはいつ・どこで起きましたか?
- 1570年、近江国 姉川(元亀元年六月二十八日)で起きた合戦です。
- 姉川の戦いでは誰が戦いましたか?
- 織田・徳川連合の織田信長、織田・徳川連合の徳川家康、浅井・朝倉軍の浅井長政らが戦いました。
- 姉川の戦いを3Dで見られますか?
- はい。このページで約3分の3D俯瞰演出として無料でご覧いただけます。布陣・軍勢の動き・勝敗の流れを直感的に追えます。