第四次川中島の戦いの解説
第四次川中島の戦いは、1561年(永禄四年九月十日)に信濃国 川中島で行われた合戦です。上杉謙信と武田信玄、宿命の両雄が霧の八幡原で激突。一騎討ち伝説を生んだ戦国最大級の死闘。
- 年
- 1561年永禄四年九月十日
- 場所
- 信濃国 川中島
- 時代
- 戦国時代
両軍の対陣
武田軍 総大将武田信玄 20,6008隊 兵力の内訳3Dに登場する部隊の合計
戦った 20,600
戦った 11,000
武田軍兵の多い順
肖像画は Wikimedia Commons のパブリックドメインの画像です(後世に描かれた想像図を含みます)。
合戦の経過時刻は3Dの時計
- 午前2:001章
夜襲啄木鳥、動く
永禄四年九月十日、丑の刻。山本勘助の献策「啄木鳥戦法」により、別働隊一万二千が海津城を発ち、闇の中を妻女山へ向かう。だが山上の謙信は、城から立ちのぼる炊煙の多さで武田の動きを見抜いていた。
- 午前4:002章
渡河謙信、山を下る
武田の夜襲が来る前に――謙信は全軍一万三千を妻女山から下らせる。雨宮の渡しを音もなく渡り、霧の川中島へ。鞭声粛々、夜河を渡る。
- 午前6:003章
濃霧霧の八幡原
夜明け。八幡原に布陣した武田本隊八千は、山を追われて逃げてくる上杉軍を待ち構えていた。やがて霧が晴れたとき、信玄の眼前に現れたのは――整然と布陣を終えた上杉全軍であった。
- 午前8:004章
車懸り車懸り、猛攻
上杉軍は車懸りの陣で波状攻撃を仕掛ける。武田の鶴翼は軋み、信玄の弟・武田信繁、宿老・諸角虎定が相次いで討死。責めを負った山本勘助も敵中に突入し、壮絶な最期を遂げた。
- 午前10:005章
一騎討ち信玄と謙信、一騎討ち
乱戦の中、白布で頭を包んだ武者が単騎、信玄の本陣へ斬り込む。馬上から振り下ろされる三太刀、軍配で受ける信玄――伝説に語られる、両雄一騎討ちの瞬間である。
- 午前11:006章
挟撃別働隊、戦場へ
妻女山頂はもぬけの殻。空振りに気づいた別働隊一万二千が山を駆け下り、千曲川を押し渡って上杉軍の側背に襲いかかる。挟撃を受け、戦況は一気に武田へ傾いた。
- 午後1:007章
退き血染めの川中島
謙信は犀川を渡り、善光寺へと兵を退く。前半は上杉、後半は武田の勝ちと言われた死闘は、両軍あわせて死傷七千とも。戦国史上もっとも烈しい一日が、暮れていった。
テスト対策要点まとめ・一問一答・流れ図
第四次川中島の
第四次川中島の戦いが起きたのは何年?
答1561年
永禄4年9月10日。川中島の
超精密3Dで見ると合戦パスの特典

同じ場面を、標準の画質と超精密3Dで並べました。線を左右に動かして見比べられ、「引き」と「接近」で見え方を切り替えられます。超精密3Dでは、山肌の尾根と谷、3Dの森と岩、海や川の水面、田畑の筋、人の姿の兵まで精密に描きます。各合戦の1章目は、合戦パスが無くても超精密3Dで見られます。
よくある質問
第四次川中島の戦いとは何ですか?
上杉謙信と武田信玄、宿命の両雄が霧の八幡原で激突。一騎討ち伝説を生んだ戦国最大級の死闘。
第四次川中島の戦いはいつ・どこで起きましたか?
1561年、信濃国 川中島(永禄四年九月十日)で起きた合戦です。
第四次川中島の戦いでは誰が戦いましたか?
上杉軍の上杉謙信、武田軍の武田信玄らが戦いました。
第四次川中島の戦いを3Dで見られますか?
はい。このページで約3分の3D俯瞰演出として無料でご覧いただけます。布陣・軍勢の動き・勝敗の流れを直感的に追えます。