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武田軍 ・ 山本

山本勘助

やまもと かんすけ

「道鬼斎」

諸国を遍歴した末に武田信玄に仕えたと伝わる伝説的軍師。隻眼跛足の異相ながら兵法・築城に通じ、海津城の縄張りや「啄木鳥戦法」を献じたとされる。第四次川中島でその策を上杉謙信に見破られ、責を負って敵中に突入し討死したと語り継がれる。

異名
「道鬼斎」
官位・役職
武田家 軍師(伝)
領国・本拠
甲斐
陣営
武田軍
生没
1493–1561(享年69)

我が策破れたり。死をもって償わん。

伝・山本勘助

生涯

  1. 天文十二年 武田に仕官 諸国遍歴ののち、信玄に見出されて武田家に仕えたと伝わる。
  2. 永禄三年 海津城築城 川中島の最前線・海津城の縄張りを担ったとされる。
  3. 永禄四年 啄木鳥戦法 別働隊で上杉を追い出す策を献じるも見破られ、討死した。

この絵巻での足跡全1合戦

  1. 第四次川中島の戦いだいよじかわなかじまのたたかい 永禄四年九月十日 信濃国 川中島 啄木鳥戦法の献策者。策の破綻を悟ると責めを負って敵中へ突入し、壮絶な最期を遂げたと伝わる。 兵力 800名 観る ▸