山本勘助の肖像

武田軍山本

山本勘助

やまもと かんすけ

「道鬼斎どうきさい」

1493–1561(享年69)

官位・役職
武田家 軍師(伝)
領国・本拠
甲斐
3Dで見られる合戦
1合戦

肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

我が策破れたり。死をもって償わん。

伝・山本勘助

諸国を遍歴した末に武田信玄に仕えたと伝わる伝説的軍師。隻眼跛足の異相ながら兵法・築城に通じ、海津城の縄張りや「啄木鳥戦法」を献じたとされる。第四次川中島でその策を上杉謙信に見破られ、責を負って敵中に突入し討死したと語り継がれる。

生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦

  1. 1543天文十二年

    武田に仕官

    諸国遍歴ののち、信玄に見出されて武田家に仕えたと伝わる。

  2. 1560永禄三年

    海津城築城

    川中島の最前線・海津城の縄張りを担ったとされる。

  3. 1561永禄四年

    啄木鳥戦法

    別働隊で上杉を追い出す策を献じるも見破られ、討死した。

  4. 1561永禄四年

    第四次川中島の戦い

    啄木鳥戦法の献策者。策の破綻を悟ると責めを負って敵中へ突入し、壮絶な最期を遂げたと伝わる。

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