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豊臣軍 ・ 真田

真田信繁(幸村)

さなだ のぶしげ(ゆきむら)

「日本一の兵」

真田昌幸の次男。関ヶ原では父とともに西軍に与し、上田城で徳川秀忠の大軍を足止めした。戦後は高野山麓の九度山に十四年蟄居するが、大坂の陣で豊臣方に馳せ参じる。真田丸で徳川勢を翻弄し、夏の陣では家康本陣に三度突撃、あと一歩まで迫って戦国最後の華と散った。

異名
「日本一の兵」
官位・役職
左衛門佐さえもんのすけ
領国・本拠
信濃上田 → 九度山
旗印・家紋
六文銭
陣営
豊臣軍
生没
1567–1615(享年49)

関東勢百万と候へ、男は一人もなく候。

伝・大坂の陣

生涯

  1. 慶長五年 上田城の攻防 父昌幸と籠城し、徳川秀忠の大軍を関ヶ原に間に合わせなかった。
  2. 慶長五年 九度山蟄居 西軍敗北により、十四年に及ぶ蟄居の日々を送った。
  3. 慶長十九年 真田丸 大坂冬の陣で出城を築き、徳川の大軍に大損害を与えた。
  4. 慶長二十年 家康本陣突撃 夏の陣で家康本陣に三度突入し、馬印を倒すも力尽きた。

この絵巻での足跡全1合戦

  1. 大坂夏の陣おおさかなつのじん 慶長二十年五月七日 摂津国 天王寺・岡山 茶臼山の赤備え三千五百。家康本陣への三度の突撃で馬印を倒し、「日本一の兵」と謳われた。 兵力 3,500名 ・ 総大将 観る ▸