柴田軍前田
前田利家
まえだ としいえ
「槍の又左」
1538–1599(享年62)
- 官位・役職
- 権大納言
- 領国・本拠
- 加賀
- 旗印・家紋
- 梅鉢
- 3Dで見られる合戦
- 3合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
我が死なば、火葬にすな。土に埋めよ。
伝・前田利家
若き日は信長の小姓「傾奇者」として知られ、槍の又左と謳われた猛将。柴田勝家の与力として北陸を転戦したが、賤ヶ岳では旧友秀吉と主筋勝家の板挟みとなり戦線を離脱、勝敗を決した。後に秀吉政権の五大老の一人となり、加賀百万石の礎を築いた。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1552天文二十一年
傾奇者の若武者
信長の小姓として仕え、派手な装いと槍働きで名を上げた。
- 1577天正五年
- 1583天正十一年
賤ヶ岳の離脱
旧友秀吉と主君勝家の間で苦悩し、戦線を退いて決着をつけた。
賤ヶ岳の戦い 兵 3,000 3Dで見る › 茂山に布陣しながら一戦も交えず撤退。友・秀吉と主筋・勝家の狭間での沈黙が、勝敗を決めた。 PR「賤ヶ岳の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1585天正十三年
加賀百万石
金沢を本拠に加賀・能登・越中を領し、大大名となった。
- 1590天正十八年
小田原攻め
上杉景勝らとともに北から関東へ攻め入った軍勢の大将。上野・武蔵の北条の城を次々に落とし、八王子城も攻め落とした。
相模国 小田原 兵 18,000 3Dで見る › PR「小田原攻め」の本を探す楽天で探す
- 1598慶長三年
五大老
秀吉の遺命で、幼君秀頼の後見役を託された。
ゆかりの地
よくある質問
前田利家とはどんな人物ですか?
織田信長に仕えた「槍の又左」と称される猛将で、のちに加賀・能登・越中を領した加賀百万石の祖です。豊臣政権では五大老の一人となり、幼い秀頼の後見を託されました。2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』にも登場します。
前田利家は賤ヶ岳の戦いでどう動いたのですか?
柴田勝家の与力として布陣しましたが、旧友の秀吉と主筋の勝家との板挟みに苦しみ、戦の最中に戦線を離脱しました。この離脱が勝家敗北の決め手のひとつになったと伝わります。
前田利家と豊臣秀吉の関係は?
若い頃から信長のもとでともに過ごした旧友です。賤ヶ岳の後は秀吉に従い、五大老の一人として豊臣政権を支えました。