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島津軍 ・ 島津

島津義久

しまづ よしひさ

「島津十六代当主」

島津四兄弟の長兄にして、当主として弟たちの武を束ねた九州の太守。耳川で大友の大軍を釣り野伏せに沈め、沖田畷で龍造寺を破り、一時は九州統一目前まで迫った。秀吉の九州征伐には抗しきれず降伏して薩摩を安堵され、以後も島津の家を守り抜いた。

異名
「島津十六代当主」
官位・役職
修理大夫しゅりのだいぶ
領国・本拠
薩摩・大隅・日向
旗印・家紋
丸に十字
陣営
島津軍
生没
1533–1611(享年79)

武士の道は、ただ忠孝の二つに極まる。

伝・島津義久

生涯

  1. 天正六年 耳川の戦い 大友宗麟の大軍を釣り野伏せで殲滅し、九州の覇権を握った。
  2. 天正十二年 沖田畷 弟家久が龍造寺隆信を討ち、肥前へ勢力を伸ばした。
  3. 天正十五年 秀吉に降る 九州征伐の大軍に抗しきれず降伏、薩摩・大隅を安堵された。

この絵巻での足跡全2合戦

  1. 耳川の戦いみみがわのたたかい 天正六年十一月十二日 日向国 高城川原 島津四兄弟の長兄にして総大将。お家芸「釣り野伏せ」で大友の大軍を罠に誘い込んだ。 兵力 10,000名 ・ 総大将 観る ▸
  2. 沖田畷の戦いおきたなわてのたたかい 天正十二年三月二十四日 肥前国 島原 狭い畷に大軍を誘い込む島津の釣り野伏せ。五州二島の太守・龍造寺隆信が、泥田の罠に沈んだ一日。 観る ▸