武田軍武田
武田信玄
たけだ しんげん
「甲斐の虎」
1521–1573(享年53)
- 官位・役職
- 信濃守 / 大膳大夫
- 領国・本拠
- 甲斐・信濃
- 旗印・家紋
- 風林火山 / 武田菱
- 3Dで見られる合戦
- 2合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。
甲陽軍鑑
父信虎を追放して家督を継ぎ、「風林火山」の旗の下に信濃を席巻した名将。川中島で上杉謙信と覇を競い、信玄堤などの治水や鉱山開発と、内政にも非凡を発揮した。晩年、上洛を目指す西上作戦を起こし三方ヶ原で家康を一蹴するが、その途上で病に倒れ、志半ばで甲斐へ引き返す中に没した。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1541天文十年
家督相続
父信虎を駿河へ追放し、二十一歳で武田家当主となった。
- 1561永禄四年
第四次川中島
上杉謙信と最も激しく干戈を交え、軍師勘助らを失った。
第四次川中島の戦い 総大将 兵 3,000 3Dで見る › 八幡原に本陣を構え、霧の中から現れた上杉全軍を鶴翼の陣で迎え撃った総大将。一騎討ちでは軍配で太刀を受けたと伝わる。 PR『武田信玄』新田次郎Amazonで見る
- 1572元亀三年
西上作戦
上洛を目指して大軍を発し、徳川領へ侵攻した。
- 1573元亀四年
三方ヶ原と最期
家康を三方ヶ原に破るも、進軍中に病が篤くなり信濃で没した。
三方ヶ原の戦い 総大将 兵 8,000 3Dで見る › 浜松城を素通りして家康を釣り出し、三方ヶ原に魚鱗の陣で待ち構えた。西上作戦の最高到達点。 PR「三方ヶ原の戦い」の本を探す楽天で探す