浅井軍浅井
浅井長政
あざい ながまさ
「北近江の旗頭」
1545–1573(享年29)
- 官位・役職
- 備前守
- 領国・本拠
- 北近江
- 旗印・家紋
- 三つ盛亀甲に花角
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
北近江を領した浅井家三代目。信長の妹お市の方を娶って同盟を結んだが、信長の朝倉攻めに際し旧縁の朝倉を救って離反、姉川で織田・徳川連合に敗れた。やがて小谷城に追い詰められて自刃。残された三人の娘(浅井三姉妹)は、後の世に大きな影響を残した。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1567永禄十年
お市と婚姻
信長の妹お市を妻に迎え、織田との同盟を結んだ。
- 1570元亀元年
姉川の戦い
朝倉に味方して離反、姉川で織田・徳川連合と激突し敗れた。
姉川の戦い 総大将 兵 5,000 3Dで見る › 信長との同盟を捨てて旧縁の朝倉に味方した北近江の旗頭。会心の猛攻も逆襲に遭い、小谷へ退いた。 PR「姉川の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1573天正元年
小谷城の最期
居城小谷城を囲まれ、妻子を逃して自刃した。享年二十九。
ゆかりの地
よくある質問
浅井長政とはどんな人物ですか?
北近江を治めた浅井家三代目の当主です。織田信長の妹お市の方を妻に迎えて同盟しましたが、のちに離反し、姉川の戦いに敗れて小谷城で自刃しました。享年二十九。
浅井長政はなぜ信長を裏切ったのですか?
信長が古くからの盟友・朝倉義景を攻めたためです。長政は朝倉との旧縁を重んじて信長から離反し、姉川で織田・徳川連合軍と戦いました。
浅井長政の娘たちはどうなりましたか?
お市の方との間に生まれた茶々・初・江の「浅井三姉妹」です。長女の茶々はのちに豊臣秀吉の側室・淀殿、三女の江は徳川秀忠の正室となりました。