羽柴軍 ・ 黒田
黒田官兵衛(孝高)
くろだ かんべえ(よしたか)
「軍師 / 如水」
播磨小寺氏の家老から秀吉に従い、調略と軍略で天下統一を支えた稀代の軍師。荒木村重の謀反で一年余を土牢に幽閉され、不自由な足を負った。本能寺の変では動揺する秀吉に好機の到来を囁き、中国大返しと山崎の勝利を導いたと伝わる。後に剃髪して如水と号した。
- 異名
- 「軍師 / 如水」
- 官位・役職
- 勘解由次官
- 領国・本拠
- 播磨 → 豊前中津
- 旗印・家紋
- 黒田藤巴
- 陣営
- 羽柴軍
- 生没
- 1546–1604(享年59)
生涯
- 天正五年 秀吉の参謀 中国攻めで秀吉に従い、調略の才を発揮した。
- 天正十年 中国大返し 本能寺の報に取って返す策を献じ、山崎の勝利を導いた。
- 慶長五年 九州を席巻 関ヶ原の隙に乗じ、九州で独自に兵を挙げ版図を広げた。
この絵巻での足跡全5合戦
- 三木合戦 天正六年〜八年 播磨国 三木城 播磨攻めの献策者。三木を力攻めせず付城で囲む策は、この男の知略によるところが大きい。 観る ▸
- 鳥取城の戦い 天正九年 因幡国 鳥取城 中国攻めの参謀。三木で会得した「囲んで干す」策を、ここ鳥取でさらに徹底させた。 観る ▸
- 備中高松城の水攻め 天正十年 備中国 高松城 「水で攻めよ」と水攻めを献じた軍師。沼の地形を逆手に取り、難攻不落の沼城を湖に沈めてみせた。 観る ▸
- 山崎の戦い 天正十年六月十三日 山城国 山崎 天王山の中腹を押さえ、山上から明智軍を制圧した。「天下分け目の天王山」の語源を作った部隊。 観る ▸
- 四国攻め 天正十三年 阿波国 一宮城 秀長を支えた軍師。城の水脈を断ち、補給を塞ぐ攻めを献じて一宮を干上がらせた。 観る ▸
ゆかりの地
- 姫路城
- 中津城(大分)
- 福岡城
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