大谷吉継の肖像

西軍大谷

大谷吉継

おおたに よしつぐ

「義の盟友ぎのめいゆう」

生年不詳–1600

官位・役職
刑部少輔ぎょうぶのしょう
領国・本拠
越前敦賀
旗印・家紋
対い蝶
3Dで見られる合戦
1合戦

後世の想像図・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

秀吉に「百万の軍勢を率いさせてみたい」と将才を惜しまれた吏僚にして武人。業病に冒され視力を失いながらも、盟友石田三成の挙兵に、勝ち目の薄さを承知で義によって与した。関ヶ原では松尾山の小早川の寝返りを予期して備えたが、四隊の追従までは支えきれず、陣を枕に自刃した。

生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦

  1. 1583天正十一年

    秀吉の吏僚

    賤ヶ岳の後、三成らと並ぶ奉行として頭角を現した。

  2. 1600慶長五年

    義によって挙兵

    勝算薄きを知りつつ、友三成のため西軍に身を投じた。

  3. 1600慶長五年

ゆかりの地

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