羽柴軍池田
池田恒興
いけだ つねおき
「勝入」
1536–1584(享年49)
- 官位・役職
- 紀伊守
- 領国・本拠
- 摂津 → 美濃大垣
- 旗印・家紋
- 揚羽蝶
- 3Dで見られる合戦
- 2合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
信長の乳母の子で乳兄弟として育ち、織田の宿将に上り詰めた。本能寺の変の後は山崎に秀吉を助け、清洲会議では宿老の一人として重きをなす。小牧・長久手では三河へ向かう別働隊の主将となるが、徳川勢に側背を衝かれ、婿の森長可ともども討死した。剃髪して勝入と号した。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1582天正十年
山崎・清洲会議
秀吉に与して光秀を討ち、織田の宿老に列した。
山崎の戦い 兵 4,000 3Dで見る › 淀川沿いを密かに進み、円明寺川を渡って明智軍の左翼を粉砕。勝敗を決めた一手となった。 PR「山崎の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1584天正十二年
小牧・長久手
三河奇襲の別働隊を率いるが、徳川勢に討たれた。
小牧・長久手の戦い 総大将 兵 6,000 3Dで見る › 別働隊を発案・主導した宿将。岩崎城を攻めていたが、長久手の急変に引き返して家康本隊と激突、討死した。 PR「小牧・長久手の戦い」の本を探す楽天で探す