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羽柴軍 ・ 池田

池田恒興

いけだ つねおき

勝入しょうにゅう

信長の乳母の子で乳兄弟として育ち、織田の宿将に上り詰めた。本能寺の変の後は山崎に秀吉を助け、清洲会議では宿老の一人として重きをなす。小牧・長久手では三河へ向かう別働隊の主将となるが、徳川勢に側背を衝かれ、婿の森長可ともども討死した。剃髪して勝入と号した。

異名
「勝入」
官位・役職
紀伊守きいのかみ
領国・本拠
摂津 → 美濃大垣
旗印・家紋
揚羽蝶
陣営
羽柴軍
生没
1536–1584(享年49)

生涯

  1. 天正十年 山崎・清洲会議 秀吉に与して光秀を討ち、織田の宿老に列した。
  2. 天正十二年 小牧・長久手 三河奇襲の別働隊を率いるが、徳川勢に討たれた。

この絵巻での足跡全2合戦

  1. 山崎の戦いやまざきのたたかい 天正十年六月十三日 山城国 山崎 淀川沿いを密かに進み、円明寺川を渡って明智軍の左翼を粉砕。勝敗を決めた一手となった。 兵力 4,000名 観る ▸
  2. 小牧・長久手の戦いこまき・ながくてのたたかい 天正十二年四月九日 尾張国 長久手 別働隊を発案・主導した宿将。岩崎城を攻めていたが、長久手の急変に引き返して家康本隊と激突、討死した。 兵力 6,000名 ・ 総大将 観る ▸

ゆかりの地

  • 犬山城
  • 長久手古戦場(愛知)