織田織田
織田信雄
おだ のぶかつ
1558–1630(享年73)
- 官位・役職
- 内大臣
- 領国・本拠
- 尾張・伊勢
- 旗印・家紋
- 織田木瓜
- 3Dで見られる合戦
- 2合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
織田信長の次男で、伊勢の北畠家を継いだ。本能寺の変の後の清須会議では、弟信孝や柴田勝家と対立し、秀吉に擁されて一時は主導権に近づく。だが秀吉の勢力拡大を嫌い、徳川家康と結んで天正十二年、小牧・長久手の戦いで秀吉と干戈を交えた。しかし単独で秀吉と講和してしまい、家康の大義名分を失わせる。以後は秀吉、次いで家康に従い、改易と復帰を経て、江戸初期まで大名として家名を保った。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1582天正十年
清須会議
弟信孝・勝家と織田家の主導権を争った。
- 1584天正十二年
- 1590天正十八年
改易
秀吉の命に背いて所領を失った。
- 1590天正十八年
小田原攻め
信長の次男。城の北に陣を連ねた包囲勢の大将格。開城の折には、家臣の陣が城を出た北条氏直を受け入れた。
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- 1615元和元年
大名に復す
大坂の陣の後、大和宇陀などに所領を得て家名を保った。