藤堂高虎の肖像

東軍藤堂

藤堂高虎

とうどう たかとら

「築城の名手ちくじょうのめいしゅ」

1556–1630(享年75)

官位・役職
和泉守いずみのかみ
領国・本拠
伊予今治 → 伊勢津
旗印・家紋
藤堂蔦
3Dで見られる合戦
2合戦

肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

寝屋を出づるより、その日を死番と心得べし。

藤堂家訓(伝)

近江の地侍から身を起こし、浅井・羽柴秀長・豊臣と仕える主を替えながら武功と築城術で頭角を現した。宇和島・今治・津・伊賀上野と数々の名城を手がける。関ヶ原では早くから家康に通じて東軍に与し、外様ながら譜代格の信任を得た。

生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦

  1. 1576天正四年

    秀長に仕う

    羽柴秀長に仕え、各地の合戦と城普請で重用された。

  2. 1600慶長五年
  3. 1608慶長十三年

    伊勢津へ

    伊勢・伊賀に封じられ、津城を大改修した。

  4. 1615慶長二十年

    大坂の陣

    徳川方として大坂方と激戦を交え、長く重きをなした。

  5. 1615慶長二十年

    大坂夏の陣

    歴戦の築城名人も、この日は野戦で岡山口の右翼を固めた。

    摂津国 天王寺・岡山 兵 5,000 3Dで見る ›

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