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東軍 ・ 藤堂

藤堂高虎

とうどう たかとら

築城の名手ちくじょうのめいしゅ

近江の地侍から身を起こし、浅井・羽柴秀長・豊臣と仕える主を替えながら武功と築城術で頭角を現した。宇和島・今治・津・伊賀上野と数々の名城を手がける。関ヶ原では早くから家康に通じて東軍に与し、外様ながら譜代格の信任を得た。

異名
「築城の名手」
官位・役職
和泉守いずみのかみ
領国・本拠
伊予今治 → 伊勢津
旗印・家紋
藤堂蔦
陣営
東軍
生没
1556–1630(享年75)

寝屋を出づるより、その日を死番と心得べし。

藤堂家訓(伝)

生涯

  1. 天正四年 秀長に仕う 羽柴秀長に仕え、各地の合戦と城普請で重用された。
  2. 慶長五年 関ヶ原 東軍に属して奮戦し、家康の信任を確かなものにした。
  3. 慶長十三年 伊勢津へ 伊勢・伊賀に封じられ、津城を大改修した。
  4. 慶長二十年 大坂の陣 徳川方として大坂方と激戦を交え、長く重きをなした。

この絵巻での足跡全2合戦

  1. 関ヶ原の戦いせきがはらのたたかい 慶長五年九月十五日 美濃国 関ヶ原 大谷吉継の陣へ正面から当たり、寝返った四隊と呼応して山中の激戦を制した。 兵力 5,800名 観る ▸
  2. 大坂夏の陣おおさかなつのじん 慶長二十年五月七日 摂津国 天王寺・岡山 歴戦の築城名人も、この日は野戦で岡山口の右翼を固めた。 兵力 5,000名 観る ▸

ゆかりの地

  • 今治城
  • 津城
  • 伊賀上野城