伊達 ・ 伊達
伊達成実
だて しげざね
伊達実元の子で政宗の従弟。前へしか進まぬ毛虫を兜の前立に用い、常に先陣を望んだ武辺者で「智の小十郎、武の成実」と並び称される。摺上原では右翼から蘆名軍の側面を突き、風向きの逆転と合わせて総崩れを誘った立役者となった。一時は所領を出奔して伊達を離れたが後に帰参し、亘理を領して仙台藩草創を支える。自ら見聞を記した『成実記(伊達日記)』は東北戦国の一級史料として名高い。
- 官位・役職
- 亘理城主
- 領国・本拠
- 陸奥(亘理城)
- 旗印・家紋
- 竹に雀
- 陣営
- 伊達
- 生没
- 1568–1646(享年79)
生涯
- 天正十三年 人取橋 殿軍を務め、政宗本隊の危地を救った。
- 天正十七年 摺上原 右翼から蘆名の側面を突き、勝敗を決する横槍を入れた。
- 慶長五年 白石城攻め 関ヶ原に連動して上杉領へ攻め入った。
- 慶長七年 亘理を領す 帰参して亘理城主となり、仙台藩の重鎮となった。
この絵巻での足跡全1合戦
ゆかりの地
- 亘理城跡・臥牛城(宮城・亘理)
- 大雄寺(宮城・亘理)