伊達伊達
伊達成実
だて しげざね
1568–1646(享年79)
- 官位・役職
- 亘理城主
- 領国・本拠
- 陸奥(亘理城)
- 旗印・家紋
- 竹に雀
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
伊達実元の子で政宗の従弟。前へしか進まぬ毛虫を兜の前立に用い、常に先陣を望んだ武辺者で「智の小十郎、武の成実」と並び称される。摺上原では右翼から蘆名軍の側面を突き、風向きの逆転と合わせて総崩れを誘った立役者となった。一時は所領を出奔して伊達を離れたが後に帰参し、亘理を領して仙台藩草創を支える。自ら見聞を記した『成実記(伊達日記)』は東北戦国の一級史料として名高い。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1585天正十三年
人取橋
殿軍を務め、政宗本隊の危地を救った。
- 1589天正十七年
摺上原
右翼から蘆名の側面を突き、勝敗を決する横槍を入れた。
摺上原の戦い 兵 4,000 3Dで見る › 「武の成実」と称された政宗の従兄弟。右翼から蘆名の側面へ突き入り、勝敗を決する横槍を叩き込んだ。 PR「摺上原の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1600慶長五年
白石城攻め
関ヶ原に連動して上杉領へ攻め入った。
- 1602慶長七年
亘理を領す
帰参して亘理城主となり、仙台藩の重鎮となった。