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今川軍 ・ 今川

今川義元

いまがわ よしもと

「海道一の弓取り」

駿河・遠江・三河を領した東海の太守。軍師太原雪斎を擁して内政・外交を整え、武田・北条と三国同盟を結んで後顧の憂いを断った。大軍を率いて西上の途に就くも、桶狭間で織田信長の奇襲を受け、本陣を突かれて討死。その死は戦国の勢力図を一変させた。

異名
「海道一の弓取り」
官位・役職
治部大輔じぶのたいふ
領国・本拠
駿河・遠江・三河
旗印・家紋
今川赤鳥
陣営
今川軍
生没
1519–1560(享年42)

都に旗を立てんは、今川が世の習い。

伝・今川義元

生涯

  1. 天文二十三年 甲相駿三国同盟 武田・北条と同盟を結び、西進の備えを固めた。
  2. 永禄三年 西上開始 二万五千ともいう大軍を率い、尾張へ向け進発した。
  3. 永禄三年 桶狭間に斃る 桶狭間で信長の奇襲を受け、本陣を突かれて討死した。

この絵巻での足跡全1合戦

  1. 桶狭間の戦いおけはざまのたたかい 永禄三年五月十九日 尾張国 桶狭間 二万五千を率いて上洛の途につき、桶狭間山で昼の酒宴を開いたところを急襲され討死した。 兵力 5,000名 ・ 総大将 観る ▸