源義経の肖像

源氏源(河内源氏)

源義経

みなもとの よしつね

「九郎判官くろうほうがん」

1159–1189(享年31)

官位・役職
左衛門少尉さえもんのしょうじょう / 検非違使けびいし
領国・本拠
鎌倉方の将
旗印・家紋
笹竜胆
3Dで見られる合戦
3合戦

肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

鵯越の逆落とし、馬も四つ足、鹿も四つ足。

伝・源義経

牛若丸として鞍馬寺に預けられ、奥州藤原氏のもとで育った。兄頼朝の挙兵に馳せ参じ、一ノ谷の鵯越、屋島の奇襲、壇ノ浦の海戦と連戦連勝で平家を滅ぼす。だが戦後、頼朝の許しなく官位を受けたことなどから対立を深め、追われる身となって奥州・衣川で自刃した。判官贔屓という言葉を生んだ悲劇の英雄。

生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦

  1. 1159平治元年

    誕生・牛若丸

    源義朝の九男として生まれる。平治の乱で父が敗死し、鞍馬寺へ預けられた。

  2. 1180治承四年

    頼朝のもとへ

    兄頼朝の挙兵を知り、奥州から馳せ参じて黄瀬川で対面を果たした。

  3. 1184元暦元年

    一ノ谷・鵯越

    崖を駆け下りる逆落としの奇襲で、平家の陣を一気に突き崩した。

    一ノ谷の戦いいちのたにのたたかい 総大将 兵 70 3Dで見る › わずか七十騎で鵯越の断崖を逆落としに駆け下り、平家本陣の背後を急襲した源氏の若き天才。

    PR「一ノ谷の戦い」の本を探す楽天で探す

  4. 1185元暦二年
  5. 1185元暦二年

    壇ノ浦の戦い

    「漕ぎ手を射よ」の非情の下知と八艘飛び。型破りの戦で平家を海の藻屑とした源氏の総大将。

    長門国 関門海峡 総大将 兵 8,000 3Dで見る ›

    PR「壇ノ浦の戦い」の本を探す楽天で探す

  6. 1189文治五年

    衣川の最期

    頼朝に追われ奥州へ逃れるも、藤原泰衡に攻められ衣川館で自刃した。

ゆかりの地

関連商品PR