壇ノ浦の戦いの解説
壇ノ浦の戦いは、1185年(元暦二年三月二十四日)に長門国 関門海峡で行われた合戦です。紅白の水軍が関門海峡で激突する源平最後の決戦。潮が変わり、寝返りが出て、幼帝とともに平家は海に沈んだ。
- 年
- 1185年元暦二年三月二十四日
- 場所
- 長門国 関門海峡
- 時代
- 平安時代末
両軍の対陣
平家 総大将平知盛 14,8005隊
源氏 総大将源義経 47,0004隊 兵力の内訳3Dに登場する部隊の合計
戦った 11,000寝返り 3,000戦わず 800
戦った 17,000戦わず 30,000
肖像画は Wikimedia Commons のパブリックドメインの画像です(後世に描かれた想像図を含みます)。
合戦の経過時刻は3Dの時計
- 午前8:001章
対陣関門海峡
元暦二年三月二十四日。源平最後の戦場は、潮速き早鞆の瀬戸であった。平家五百艘、源氏八百四十艘。陸には範頼の三万が九州側の岸を塞ぎ、平家にはもう、退く場所がない。
- 午前8:302章
攻勢平家、潮に乗る
午前、海峡の潮は東へ流れる。海戦巧者の平家は潮流を背に受けて攻勢に出た。知盛・教経の船団が源氏方を押し込み、矢戦は平家有利に進む。
- 午前10:003章
禁じ手漕ぎ手を射よ
劣勢の義経は、戦の作法を破る下知を飛ばす。「水手・梶取を射よ」。漕ぎ手を失った平家の船は、潮に流されるだけの的と化していった。
- 午前11:004章
潮変潮、変わる
昼、海峡の潮流が西へ反転した。今度は源氏が潮を背にする番である。八百四十艘が一斉に押し返し、戦況は刻一刻と裏返っていく。
- 午後0:005章
寝返り田口、白旗へ
阿波水軍三百艘を率いる田口成良が、突如として白旗を掲げた。平家の陣形は内側から崩れ、安徳帝の御座船の在処さえ敵に知られてしまう。
- 午後1:006章
最期教経の最期
王城一の強弓・平教経は義経の船に迫る。だが義経は船から船へ八艘を飛び移って逃れた――世にいう八艘飛び。教経は源氏の武者二人を抱え、海へ消えた。
- 午後2:007章
入水波の下にも都
二位尼は八歳の安徳帝を抱き「波の下にも都のさぶらふぞ」と海に入った。知盛は「見るべき程の事をば見つ」と碇を担いで後を追う。栄華を誇った平家一門、壇ノ浦に滅ぶ。
テスト対策要点まとめ・一問一答・流れ図
超精密3Dで見ると合戦パスの特典

同じ場面を、標準の画質と超精密3Dで並べました。線を左右に動かして見比べられ、「引き」と「接近」で見え方を切り替えられます。超精密3Dでは、山肌の尾根と谷、3Dの森と岩、海や川の水面、田畑の筋、人の姿の兵まで精密に描きます。各合戦の1章目は、合戦パスが無くても超精密3Dで見られます。
よくある質問
壇ノ浦の戦いとは何ですか?
紅白の水軍が関門海峡で激突する源平最後の決戦。潮が変わり、寝返りが出て、幼帝とともに平家は海に沈んだ。
壇ノ浦の戦いはいつ・どこで起きましたか?
1185年、長門国 関門海峡(元暦二年三月二十四日)で起きた合戦です。
壇ノ浦の戦いでは誰が戦いましたか?
源氏の源義経、平家の平知盛らが戦いました。
壇ノ浦の戦いを3Dで見られますか?
はい。このページで約3分の3D俯瞰演出として無料でご覧いただけます。布陣・軍勢の動き・勝敗の流れを直感的に追えます。