片倉景綱の肖像

伊達片倉(伊達家臣)

片倉景綱

かたくら かげつな

「鬼の小十郎」

1557–1615(享年59)

官位・役職
白石城主
領国・本拠
陸奥(白石城)
旗印・家紋
九曜
3Dで見られる合戦
1合戦

肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

神職の家に生まれ、若き伊達政宗の傅役・軍師として抜擢された。冷静沈着で「智の景綱、武の成実」と並び称される。摺上原では先鋒として緒戦の劣勢を支え、風が返ると先手を立て直して反撃の起点をつくった。人取橋や大崎合戦など数々の危機で政宗を救い、家中随一の重臣として仙台藩の南の要・白石城を預かる。子の重長(二代小十郎)は大坂の陣で奮戦し、討たれた真田幸村が娘を託した相手としても知られる。

生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦

  1. 1575天正三年

    政宗の傅役

    若き政宗の側近くに仕え、その器量を磨いた。

  2. 1585天正十三年

    人取橋

    佐竹・蘆名連合の重囲から政宗を落ち延びさせた。

  3. 1589天正十七年
  4. 1602慶長七年

    白石城主

    仙台藩の南の要・白石城を預かる筆頭家老となった。

ゆかりの地

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