羽柴軍竹中
竹中半兵衛
たけなか はんべえ
「今孔明」
1544–1579(享年36)
- 領国・本拠
- 美濃菩提山
- 旗印・家紋
- 九枚笹
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
美濃の小領主に生まれ、若くして十数人の手勢で主家斎藤氏の居城稲葉山城を一夜にして乗っ取り、世を驚かせた。やがて秀吉に三顧の礼で迎えられ、その軍師となる。黒田官兵衛とともに「両兵衛」と称され、調略と用兵で羽柴軍の躍進を支えた。官兵衛が有岡城に幽閉された折には、人質の松寿丸(のちの黒田長政)を信長の命に背いてひそかに匿い、その命を救ったと伝わる。だが病に侵され、三木城攻めの陣中、平井山で三十六年の生涯を閉じた。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1564永禄七年
稲葉山城乗っ取り
わずかな手勢で主家斎藤氏の居城を奪い、その智謀を天下に示した。
- 1567永禄十年
秀吉の軍師に
木下藤吉郎(秀吉)に請われて家臣となり、参謀として各地を転戦した。
- 1578天正六年
松寿丸を救う
官兵衛幽閉の際、人質の松寿丸を信長の命に背いて匿い、その命を救ったと伝わる。
- 1578天正六年
三木合戦
「今孔明」と称された秀吉の軍師。労咳を押して三木の陣に在ったが、平井山の陣中で病没した。享年三十六。
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- 1579天正七年
平井山に没す
三木城攻めの陣中で病が篤くなり、陣没した。享年三十六。
ゆかりの地
よくある質問
竹中半兵衛とはどんな人物ですか?
「今孔明」と称された秀吉の名軍師です。わずか十数人で主家の稲葉山城を一夜で奪った智謀で知られ、黒田官兵衛と並ぶ「両兵衛」と呼ばれました。
竹中半兵衛の有名な逸話は?
黒田官兵衛が有岡城に幽閉された際、人質の松寿丸(のちの黒田長政)を信長の命に背いてひそかに匿い、その命を救ったと伝わります。
竹中半兵衛の最期は?
病を押して三木城攻めの陣にあり、平井山の陣中で病没しました。享年三十六の若さでした。