← 武将一覧へ

龍造寺軍 ・ 龍造寺

龍造寺隆信

りゅうぞうじ たかのぶ

「肥前の熊」

一度は没落した家を再興し、一代で肥前を統一した九州の梟雄。「肥前の熊」と恐れられ、島津・大友と並ぶ「五州二島の太守」と称された。だが沖田畷で島津・有馬連合の釣り野伏せに大軍が泥田で崩れ、自らも討ち取られて龍造寺の勢いは一気に傾いた。

異名
「肥前の熊」
官位・役職
山城守やましろのかみ
領国・本拠
肥前
旗印・家紋
日足紋
陣営
龍造寺軍
生没
1529–1584(享年56)

生涯

  1. 元亀元年 今山の戦い 大友の大軍を夜襲で破り、肥前における地歩を固めた。
  2. 天正九年 五州二島の太守 肥前を統一し、九州北西部に一大勢力を築き上げた。
  3. 天正十二年 沖田畷に斃る 島津・有馬の釣り野伏せに本陣を突かれ、討死した。

この絵巻での足跡全1合戦

  1. 沖田畷の戦いおきたなわてのたたかい 天正十二年三月二十四日 肥前国 島原 一代で肥前を統べた「肥前の熊」。勝ちに逸って畷へ大軍を進め、伏兵に列を断たれて討ち取られた。 兵力 8,000名 ・ 総大将 観る ▸