上杉(山内)山内上杉
上杉憲政
うえすぎ のりまさ
1523–1579(享年57)
- 官位・役職
- 関東管領
- 領国・本拠
- 上野(平井城)
- 旗印・家紋
- 竹に雀
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
関東管領を世襲する名門・山内上杉家の当主。扇谷上杉朝定・古河公方足利晴氏と結んで大軍を催し、北条方の河越城を包囲したが、天文十五年の河越夜戦で北条氏康の奇襲を受けて総崩れとなり、大敗を喫した。以後は北条氏の攻勢に押されて居城の平井城をも失い、上野を追われる。頼るあてを失った憲政は越後の長尾景虎(のちの上杉謙信)のもとへ逃れ、永禄四年、鎌倉鶴岡八幡宮で景虎に上杉の名跡と関東管領職を譲った。晩年は謙信のもとで暮らしたが、謙信の死後に起きた後継争い「御館の乱」に巻き込まれて命を落とした。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1546天文十五年
河越夜戦の大敗
連合軍を率いて河越城を囲むも、北条氏康の夜襲に総崩れとなって大敗した。
河越城の戦い 兵 30,000 3Dで見る › 山内上杉家当主・関東管領。連合軍の主力を率いたが夜襲に総崩れとなり、以後関東の勢力を失う。のちに越後へ逃れ、上杉の名跡を長尾景虎(謙信)に譲った。 PR「河越城の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1552天文二十一年
越後へ亡命
北条に押されて平井城を失い、越後の長尾景虎を頼って落ち延びた。
- 1561永禄四年
上杉の名跡を譲る
鶴岡八幡宮で長尾景虎に上杉の姓と関東管領職を譲った。景虎は上杉政虎(のち謙信)と名乗る。
- 1579天正七年
御館の乱に没す
謙信の死後の後継争いに巻き込まれ、越後で落命した。