西軍小西
小西行長
こにし ゆきなが
「キリシタン大名」
生年不詳–1600
- 官位・役職
- 摂津守
- 領国・本拠
- 肥後宇土
- 旗印・家紋
- 中結祇園守
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
後世の想像図・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
堺の薬種商の子から秀吉に登用され、水軍と兵站を担って肥後宇土を領したキリシタン大名。文禄・慶長の役では先鋒として漢城へ最も早く迫り、和平交渉にも奔走した。関ヶ原では西軍に属して敗北。キリシタンゆえ自刃を拒み、捕えられて六条河原で斬られた。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1588天正十六年
肥後宇土
秀吉に肥後南半を与えられ、宇土を本拠とした。
- 1592文禄元年
朝鮮の先鋒
釜山から漢城へ最も早く攻め上り、和平にも動いた。
- 1600慶長五年