羽柴軍森
森長可
もり ながよし
「鬼武蔵」
1558–1584(享年27)
- 官位・役職
- 武蔵守
- 領国・本拠
- 美濃金山
- 旗印・家紋
- 鶴丸
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
森蘭丸の兄で、十代から信長に従って各地を転戦した猛将。その荒々しい武勇から「鬼武蔵」と称された。本能寺の後は秀吉に属する。小牧・長久手では舅池田恒興の三河奇襲に従い先鋒を駆けたが、徳川勢の銃撃を受けて額を撃ち抜かれ、二十七歳で討死した。死を覚悟して白い陣羽織で出陣したと伝わる。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1582天正十年
本能寺後
信長の死後は秀吉に属し、各地を転戦した。
- 1584天正十二年
長久手に散る
池田恒興と三河へ突出し、銃弾を受けて討死した。
小牧・長久手の戦い 兵 4,000 3Dで見る › 「鬼武蔵」と恐れられた猛将。仏ヶ根で奮戦するも、徳川方の銃弾を眉間に受けて斃れた。 PR「小牧・長久手の戦い」の本を探す楽天で探す
ゆかりの地
よくある質問
森長可の「鬼武蔵(おにむさし)」とはどんな由来ですか?
あまりに荒々しく勇猛な戦いぶりから付いた異名です。官位の「武蔵守」に「鬼」を冠して「鬼武蔵」と恐れられました。
森長可と森蘭丸の関係は?
森長可は、信長の小姓として本能寺で散った森蘭丸の兄です。森家は兄弟が織田家に仕え、本能寺の変で蘭丸・坊丸・力丸の弟三人を失いました。
森長可はどんな最期でしたか?
天正十二年(1584年)の小牧・長久手の戦いで、舅の池田恒興とともに徳川方へ突撃し、額を銃で撃ち抜かれて討死しました。享年二十七。死を覚悟して白い陣羽織で出陣したと伝わります。