武田軍山県
山県昌景
やまがた まさかげ
「武田の赤備え」
1529–1575(享年47)
- 官位・役職
- 武田四天王
- 領国・本拠
- 甲斐
- 旗印・家紋
- 赤備え
- 3Dで見られる合戦
- 2合戦
後世の想像図・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
赤備え、ひとたび懸からば退くを知らず。
伝・山県昌景
武田四天王の一人。兄飯富虎昌の遺領を継ぎ、朱塗りの具足で揃えた「赤備え」を率いて戦場を疾駆した。小柄ながら剛勇無双で、三方ヶ原では徳川の鶴翼を突き崩した。長篠では織田・徳川陣へ繰り返し突撃を敢行するも銃弾に斃れる。その赤備えの威名は、後に井伊家へ受け継がれた。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1565永禄八年
山県家相続
兄虎昌の死後、その赤備えと家名を継いだ。
- 1573元亀三年
三方ヶ原
赤備えで徳川本隊に突入し、家康を窮地に追い込んだ。
三方ヶ原の戦い 兵 3,000 3Dで見る › 赤備えを率いて鶴翼の左翼を粉砕。長篠で散る三年前、最強の姿がここにある。 PR「三方ヶ原の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1575天正三年
長篠に散る
設楽原で徳川陣への突撃を重ね、銃弾を受けて討死した。
長篠の戦い 兵 1,500 3Dで見る › 武田四天王の猛将。赤備えを率いて左翼の先陣を切るも、馬防柵の前で銃弾に倒れた。 PR「長篠の戦い」の本を探す楽天で探す