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武田軍 ・ 山県

山県昌景

やまがた まさかげ

「武田の赤備え」

武田四天王の一人。兄飯富虎昌の遺領を継ぎ、朱塗りの具足で揃えた「赤備え」を率いて戦場を疾駆した。小柄ながら剛勇無双で、三方ヶ原では徳川の鶴翼を突き崩した。長篠では織田・徳川陣へ繰り返し突撃を敢行するも銃弾に斃れる。その赤備えの威名は、後に井伊家へ受け継がれた。

異名
「武田の赤備え」
官位・役職
武田四天王
領国・本拠
甲斐
旗印・家紋
赤備え
陣営
武田軍
生没
1529–1575(享年47)

赤備え、ひとたび懸からば退くを知らず。

伝・山県昌景

生涯

  1. 永禄八年 山県家相続 兄虎昌の死後、その赤備えと家名を継いだ。
  2. 元亀三年 三方ヶ原 赤備えで徳川本隊に突入し、家康を窮地に追い込んだ。
  3. 天正三年 長篠に散る 設楽原で徳川陣への突撃を重ね、銃弾を受けて討死した。

この絵巻での足跡全2合戦

  1. 三方ヶ原の戦いみかたがはらのたたかい 元亀三年十二月二十二日 遠江国 三方ヶ原 赤備えを率いて鶴翼の左翼を粉砕。長篠で散る三年前、最強の姿がここにある。 兵力 3,000名 観る ▸
  2. 長篠の戦いながしののたたかい 天正三年五月二十一日 三河国 長篠・設楽原 武田四天王の猛将。赤備えを率いて左翼の先陣を切るも、馬防柵の前で銃弾に倒れた。 兵力 1,500名 観る ▸