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東軍 ・ 福島

福島正則

ふくしま まさのり

「賤ヶ岳の七本槍」

秀吉の縁者として幼少から仕え、賤ヶ岳の七本槍の筆頭として武名を上げた豪傑。豊臣恩顧の大名でありながら、三成との確執から関ヶ原では東軍の先鋒を志願し、宇喜多勢と激戦を演じた。戦後は安芸広島四十九万石を得たが、後に城の無断修築を咎められ改易された。

異名
「賤ヶ岳の七本槍」
官位・役職
左衛門大夫さえもんのたいふ
領国・本拠
尾張 → 安芸広島
旗印・家紋
福島沢瀉
陣営
東軍
生没
1561–1624(享年64)

酒は飲め飲め、飲むならば、日の本一の此の槍を。

黒田節(縁の逸話)

生涯

  1. 天正十一年 賤ヶ岳七本槍 一番槍の功を立て、七本槍の筆頭として勇名を馳せた。
  2. 慶長五年 関ヶ原の先鋒 東軍先鋒として、宇喜多秀家の大軍と正面から激突した。
  3. 元和五年 広島改易 広島城の無断修築を咎められ、所領を没収された。

この絵巻での足跡全1合戦

  1. 関ヶ原の戦いせきがはらのたたかい 慶長五年九月十五日 美濃国 関ヶ原 東軍の先鋒として宇喜多隊一万七千と正面から激突。終日にわたり最前線で死闘を演じた。 兵力 6,000名 観る ▸