羽柴軍 ・ 中川
中川清秀
なかがわ きよひで
「摂津の猛将」
摂津茨木城主で、はじめ荒木村重に従い、村重の謀反の後は信長・秀吉に属した剛勇の将。山崎の戦いにも先鋒として加わる。賤ヶ岳では大岩山砦を守ったが、佐久間盛政の電光石火の急襲を受け、援軍も間に合わぬまま奮戦の末に討死した。その死が賤ヶ岳の戦端を開いた。
- 異名
- 「摂津の猛将」
- 官位・役職
- 瀬兵衛
- 領国・本拠
- 摂津茨木
- 陣営
- 羽柴軍
- 生没
- 1542–1583(享年42)
生涯
- 天正十年 山崎の戦い 秀吉方の先鋒として明智勢と戦った。
- 天正十一年 賤ヶ岳・大岩山 佐久間盛政の急襲を受け、砦を枕に討死した。
この絵巻での足跡全2合戦
ゆかりの地
- 茨木城跡(大阪)
- 賤ヶ岳古戦場