← 武将一覧へ

毛利軍 ・ 毛利

毛利元就

もうり もとなり

「三本の矢」

安芸の小さな国人領主から身を起こし、一代で中国地方十カ国を制した稀代の謀将。調略と離間を巧みに操り、厳島の奇襲で主家を奪った陶晴賢を討ち、月山富田城を落として尼子を滅ぼした。三人の子に結束を説いた「三本の矢」の教えで知られる。

異名
「三本の矢」
官位・役職
陸奥守むつのかみ
領国・本拠
安芸 → 中国地方
旗印・家紋
一文字三星
陣営
毛利軍
生没
1497–1571(享年75)

一本の矢は折れやすく、三本束ねれば折れがたし。

三子教訓状(伝)

生涯

  1. 大永三年 郡山城主 家督を継ぎ、安芸吉田郡山城を本拠に勢力を広げ始めた。
  2. 弘治元年 厳島の戦い 寡兵で陶晴賢の大軍を厳島に誘い込み、奇襲で討ち取った。
  3. 永禄九年 尼子を滅ぼす 月山富田城を落とし、宿敵尼子氏を下して中国制覇を成した。
  4. 元亀二年 郡山に没す 中国の覇者として、七十五年の生涯を吉田郡山城で閉じた。

この絵巻での足跡全1合戦

  1. 厳島の戦いいつくしまのたたかい 弘治元年十月一日 安芸国 厳島 暴風の海を渡って島の裏手に上陸し、弥山を越えて陶本陣を背後から奇襲した知謀の将。一日で中国の覇権を覆した。 兵力 4,000名 ・ 総大将 観る ▸