羽柴軍 ・ 高山
高山右近
たかやま うこん
「キリシタン大名 / ジュスト」
摂津高槻の領主で、洗礼名をジュストという熱心なキリシタン大名。茶の湯は利休七哲に数えられた。山崎・賤ヶ岳では秀吉方の先鋒として武功を立てる。だが秀吉・家康の禁教令に際しても棄教を拒み、ついに領地も身分も捨ててマニラへ追放され、その地で病没した。信仰を貫いた生涯は後世まで語り継がれる。
- 異名
- 「キリシタン大名 / ジュスト」
- 官位・役職
- 右近大夫
- 領国・本拠
- 摂津高槻 → 播磨明石
- 陣営
- 羽柴軍
- 生没
- 1552–1615(享年64)
生涯
- 天正十年 山崎の戦い 秀吉方の先鋒として明智勢を破った。
- 天正十五年 棄教を拒む 秀吉の禁教令にも信仰を捨てず、明石の領地を失った。
- 慶長十九年 国外追放 信仰を貫いてマニラへ追われ、翌年かの地に没した。
この絵巻での足跡全2合戦
ゆかりの地
- 高槻城跡(大阪)
- マニラ(フィリピン)