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羽柴軍 ・ 高山

高山右近

たかやま うこん

キリシタン大名きりしたんだいみょう / ジュストじゅすと

摂津高槻の領主で、洗礼名をジュストという熱心なキリシタン大名。茶の湯は利休七哲に数えられた。山崎・賤ヶ岳では秀吉方の先鋒として武功を立てる。だが秀吉・家康の禁教令に際しても棄教を拒み、ついに領地も身分も捨ててマニラへ追放され、その地で病没した。信仰を貫いた生涯は後世まで語り継がれる。

異名
「キリシタン大名 / ジュスト」
官位・役職
右近大夫うこんのたいふ
領国・本拠
摂津高槻 → 播磨明石
陣営
羽柴軍
生没
1552–1615(享年64)

生涯

  1. 天正十年 山崎の戦い 秀吉方の先鋒として明智勢を破った。
  2. 天正十五年 棄教を拒む 秀吉の禁教令にも信仰を捨てず、明石の領地を失った。
  3. 慶長十九年 国外追放 信仰を貫いてマニラへ追われ、翌年かの地に没した。

この絵巻での足跡全2合戦

  1. 山崎の戦いやまざきのたたかい 天正十年六月十三日 山城国 山崎 キリシタン大名として知られる先鋒。西国街道の正面で斎藤利三隊と渡り合った。 兵力 2,000名 観る ▸
  2. 賤ヶ岳の戦いしずがたけのたたかい 天正十一年四月二十一日 近江国 賤ヶ岳 岩崎山砦を守っていたが、大岩山陥落を受けて木之本へ撤退。本戦で反撃に転じた。 兵力 1,000名 観る ▸

ゆかりの地

  • 高槻城跡(大阪)
  • マニラ(フィリピン)