源氏源(河内源氏)
木曽義仲
きそ よしなか
「旭将軍」
1154–1184(享年31)
- 官位・役職
- 征夷大将軍 / 左馬頭
- 領国・本拠
- 信濃木曽
- 旗印・家紋
- 笹竜胆
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
日ごろは何とも覚えぬ鎧が、今日は重うなったるぞや。
『平家物語』木曽最期
源義賢の次男。父が甥の悪源太義平に討たれたのち、信濃の木曽谷で中原兼遠に育てられた。治承四年、頼朝に呼応して挙兵し、北陸道を勢力下に収める。寿永二年、平維盛率いる平家の大軍を砺波山の倶利伽羅峠に迎え、白旗の擬兵と夜襲、火牛の計で谷底へ追い落とした。勢いに乗じて入京し、平家を都から追って「旭将軍」と称えられる。しかし都の治安を保てず後白河法皇と対立、征夷大将軍に任じられたのも束の間、頼朝の派遣した義経・範頼に攻められ、粟津で今井兼平とともに討死した。三十一歳であった。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1154久寿元年
誕生
源義賢の次男として生まれる。幼名駒王丸。
- 1180治承四年
木曽で挙兵
以仁王の令旨を受け、信濃で平家打倒の兵を挙げた。
- 1183寿永二年
倶利伽羅峠の戦い
砺波山で平維盛の大軍を夜襲と火牛の計で壊滅させた。
倶利伽羅峠の戦い 総大将 兵 5,000 3Dで見る › 信濃木曽谷に育った源氏の御曹司。白旗三十流の擬兵と火牛の計で平家の大軍を谷底へ追い落とし、一気に京へ駆け上った「旭将軍」。 PR「倶利伽羅峠の戦い」の本を探す楽天で探す
- 1183寿永二年
入京
平家を都から追い、「旭将軍」と讃えられる。
- 1184寿永三年
粟津の最期
義経・範頼の軍に敗れ、近江粟津で今井兼平とともに討死した。