徳川井伊
井伊直孝
いい なおたか
「井伊の赤鬼(二代)」
1590–1659(享年70)
- 官位・役職
- 掃部頭 / 左中将
- 領国・本拠
- 近江彦根
- 旗印・家紋
- 彦根橘
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
井伊直政の次男として生まれ、兄直継に代わって家康の命により井伊家の軍勢を率いた。大坂冬の陣では前田勢の苦戦を見て功を争い、八丁目口へ突撃したが、真田丸と惣構からの十字砲火を浴びて多くの兵を失った。翌年の夏の陣では若江で木村重成を討ち取り、天王寺・岡山の決戦でも先鋒を務めて武名を天下に轟かせる。戦後、正式に彦根藩主となり、三代将軍家光・四代家綱を補佐して幕政に重きをなした。彦根藩は三十万石となり、譜代筆頭の家格を確立した。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1590天正十八年
誕生
井伊直政の次男として生まれる。
- 1614慶長十九年
大坂冬の陣
真田丸の八丁目口に突撃し、十字砲火を浴びて退いた。
大坂冬の陣 兵 4,000 3Dで見る › 井伊の赤備えを継ぐ猛将。前田勢の苦戦を見て功を争い、八丁目口へ突撃したが、真田丸と惣構からの十字砲火を浴びて退いた。 PR「大坂冬の陣」の本を探す楽天で探す
- 1615慶長二十年
若江の戦い
大坂夏の陣で木村重成を討ち取り、武名を挙げた。
- 1633寛永十年
三十万石
加増を重ねて彦根三十万石となり、譜代筆頭の家格を確立した。
- 1659万治二年
江戸に没す
幕政の重鎮として七十歳で世を去った。