北条後北条
北条氏直
ほうじょう うじなお
1562–1591(享年30)
- 官位・役職
- 左京大夫
- 領国・本拠
- 相模(小田原城)
- 旗印・家紋
- 三つ鱗
- 3Dで見られる合戦
- 1合戦
肖像画・出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
北条氏政の嫡男で、天正八年に家督を継いだ後北条氏五代目の当主。本能寺の変後の天正壬午の乱では神流川で滝川一益を破り、甲斐・信濃に兵を進めて徳川家康と対陣したが、和睦して家康の娘・督姫を正室に迎えた。豊臣秀吉への臣従をめぐって交渉を重ねたものの、天正十七年に家臣の猪俣邦憲が真田方の名胡桃城を奪う事件が起き、秀吉の宣戦を招く。天正十八年、小田原城に籠ること三か月余り。七月五日、自らの切腹と引き換えに城兵の助命を願い出て城を開いた。秀吉はその申し出に感じ入り、また家康の娘婿でもあったことから氏直を助命し、高野山へ追放する。翌年に赦されて一万石を与えられたが、ほどなく大坂で病没した。三十歳であった。
生涯と合戦金の丸は3Dで見られる合戦
- 1580天正八年
家督相続
父氏政の隠居により、後北条氏五代目の当主となった。
- 1582天正十年
天正壬午の乱
神流川で滝川一益を破り、甲斐で徳川家康と対陣ののち和睦した。
- 1583天正十一年
督姫を迎える
和睦の証として、家康の娘・督姫を正室に迎えた。
- 1590天正十八年
小田原開城
自らの命と引き換えに城兵の助命を願って城を開き、高野山へ送られた。
小田原攻め 総大将 兵 15,000 3Dで見る › 北条の五代当主で、家康の娘婿。三か月余りの籠城の末、自らの命と引き換えに城兵の助命を願い出て城を開いた。家康の取りなしで命は許され、高野山へ送られた。 PR「小田原攻め」の本を探す楽天で探す
- 1591天正十九年
大坂に没す
赦されて一万石を得たが、まもなく病に倒れた。